4年前、NHKの土曜テレビドラマで、「鉄の骨」 を観られた方も多いと思う。
池井戸潤の大ファンである私は、同氏の著作は全部読んでいる。 「鉄の骨」 も当然読んだはずだとばかりに思い込んでいた。
昨日、図書館で見かけて、念のために最初の部分を拾い読みした。 多読のため、書き出しの部分を読んでみないと、既に読んだ本を借出すという失敗を 年に2〜3回はやらかしている‥‥。
そしたら、記憶にない新規の記述内容。 あわてて借りて帰り、537ページにも及ぶ大力作を、昨夜のうちに読了した。
ご案内のように、大学の建築を卒業して中小ゼネコンのマンションの現場で、現場監督として見習中の主人公。 3年目のペイペイが、現場から本社の業務課へ転勤になった。
中小ゼネコンの場合は、一般的に売上高の7割がマンションなどの建築工事。 土木工事は3割にも満たない。 しかし、利益は土木が7割稼いでいる。 土木工事と言うのは発注者がほとんどが官庁。 なんだかだと言っても談合の世界。 その談合を仕切っているのが業務課。
つまり建築畑の人間が、土木の談合の世界という厳しい世界に巻き込まれて、四苦八苦するという物語。 なかなか取材密度も濃く、一気に読まされた。
何しろ、官庁の土木工事は予算規模が大きい。 最低でも何10億円の世界で、100億円台はザラ。
この著書が扱っている談合は2000億円規模という物件。 それだけに業績が悪い各社は獲得に必死。 必然的に建設省出身の大物政治家が影武者になっての談合が行われる。 それに振り回され、恋人を失いかけているペイペイの主人公。 そして、談合の摘発を狙う東京地検特捜部。
それらが入り乱れて、物語の内容を盛り上げていて 楽しめた。
しかし、官庁工事の土木から最も遠い民間の住宅分野で育った私は、一度も談合に手を染めるチャンスがなかった。
あったのは相見積。 これは、全ての産業の受注工事について回る問題。
展示場に出展すると、当然のことながら相見積の相手は大手メーカー。 ツーバイフォー工法で出展していたので、大工さんなど職人の研修と現場監督や設計士の指導に振り回された。 それよりも大切だったのは受注。 営業マンに同行して施主の意見を聞き、プランをして見積を提出する。 1人3役どころか4役も5役もやらされた。
価格的には、相手が大手だと問題は少ない。 一番困ったのは、大手の営業マンの囁き。
「あの会社は、小さくて、いつ潰れてもおかしくはない。 そんな信用できない会社を相手にしてはいけません。 当社だと、10年保障をしているし、安心です」
最初の1年くらいは、この囁きにやられたこともたびたび。
しかし、実績を積んできたら、大手は怖くなくなってきた。
相手がセキスイハウスとか、住林、三井ホーム、スウェーデンハウスだと、「いただき」 と思った。 相見積で負けるわけがなく、技術的にもこちらがはるかに上だったから‥‥。
このため、連戦連勝が続き、売上があっという間に100億円を突破した。 しかし、土木工事に比べたら小さな数字。 500戸近い住宅の受注があって、やっと100億円。
ところが、銀行上がりのド素人の役員は、「受注は簡単なもの」 と勘違いしてしまった。
技術と価格の裏付けがあるから大手を蹴飛ばしても受注出来た。 それなのに、技術のことを無視して、投下資本だけで大手に勝てると勘違いして、「売上200億円計画」 を勝手に発表してしまった。
そして、私をはじめ多くの技術屋は、粗製乱造される住宅のアフターメンテに振り回される仕儀とあいなった。
「これでは、この会社は銀行屋に完全に潰される」 という危機感から、10人近いの仲間と新しいスポンサーを見つけて、スピンオフせざるを得なかった。 カネにものを言わせて、銀行屋がやったことはまさしく犯罪行為。
そして、新会社では何とかR-2000住宅に特化して、あっという間に業績を挙げることが出来た。
そしたら、新スポンサー会社も、「住宅会社は簡単に大きくなれる」 と銀行マンと同じような発想をしてしまった。 つまり、本社のお下がり人材を新会社のトップに据えれば、ことは成ると考えてしまった。 そんなに簡単にことが成るようだったら、全国に何10万とある住宅会社が全て成功しているはず。
住宅というのは官庁相手の土木工事と違って、談合とは一切関係ない。 つまり、政治力とか利権などとは一切関係がない。 いかにして消費者の信用を得てゆくか、という小さい善意の積上げの世界。
基本はどこまでも消費者志向。
つまり、基本はサービス産業。 単に消費者の現在の意向に沿うのではなく、新しい需要を先取りして開発し、需要を喚起してゆく世界。
そういった意味では、一条工務店の i-cube とか i-smart は、大変に優れた商品だと思う。 価格的にもこなれていて、地場ビルダーがこれに対抗する商品を開発するのは並大抵のことではない。 北海道の一部のビルダーを除いて、かなり難しいのが現状。
よく、「君がまだ第一線で頑張っていたとしたら、一条工務店に対抗する商品開発ができるか」
と聞かれる。
i-cube とか i-smart 以上に魅力のある商品の開発なくして、地場ビルダーの生き残りはない。
現在の一条工務店の快進撃を支えているのは、決して i-cube や i-smart のQ値やC値ではない。
一条工務店の性能を、突破することは容易。 しかし、価格的に一条工務店に追いつくのはかなり困難な大仕事。
北海道以外では、206の充填断熱で、3kWの空調機1台で全館空調換気を行い、Q値は0.9W以下で、C値が0.5cuという性能値を出すことはそんなに難しいことではない。
要は価格。
上記の性能で、一条工務店並の価格が打ち出せるかどうか。
私が現役であれば、絶対に一条工務店並の価格を打ち出せると思う。
ただし、「初期投資費用ゼロ円で、太陽光発電が10年以内に自分のものになります」 という政策と片流れのつまらないデザインとは争う必要はない。 電気代の高騰と、固定買上価格の低下から、一般の家庭でゼロ円で太陽光を搭載したとしても、それを償却するには15〜20年以上はかかるようになってくる。 これからは、太陽光モジュールよりも蓄電池がモノを言う時代。
それだったら、他社の安い太陽光を選んだ方が次第によくなる。
それと、一条工務店の現場を見ていて、つくづく感じたことは、「これは公庫の標準仕様書に謳っているツーバイフォー工法ではなく、どこまでも在来木軸の悪いところにやたらに拘った個別認定工法に過ぎない」 ということ。
つまり、北米のダイヤフラム理論やドライウォール工法から学ぼうとする謙虚な気持ちがさっぱり見られず、現場を見れば見るほどイヤになり、魅力が失われてゆく。
正直いって、これほど公庫の標準仕様書を無視した工法だとは知らなかった。
したがって、私は一条工務店のツーバイフォー工法なるものを、皆さんに奨めたいとはまったく考えなくなった。
私は、20年前から外壁の構造用合板には12ミリを採用していた。
そして、杉山英男先生の愛弟子の一人である新井信一氏に、20年まえから 「アメリカではクギの長さを長くし、クギ打ち間隔を狭くすれば、壁倍率は高くなる」 と耳にタコが出来るほど聞かされてきた。
しかし、阪神淡路と中越地震の現場を見た時、「12ミリ合板を使っても壁倍率はせいぜい4倍どまり。 そして、内部の石膏ボード工事は、全て耐力壁とみなして4周のクギ打ちピッチは100ミリとすべきだ」 と学んだ。
杉山英男研究室に、内部の石膏ボードを張り終えた 実物大の引張試験をやってもらったことがある。
「うのさん。実際の壁倍率は5倍しかあげられませんが、石膏ボードを張った住宅は本当に強いですね。 壁倍率で言えば7倍以上ありますよ‥‥」 と大先生が感動していたほど。
その現場は、「現場の職人は、どれが耐力壁で、どれが非耐力壁の支持壁かが分からない。 やはり、北米やオセアニアのように、内部は全て耐力壁扱いのドライウォールとすべきだ」 という考えで施工させたもの。
したがって、私が神戸と中越の激震地から学んだ教訓のトップにくるのは、紛れもなくこのドライウォール工事。
この教訓を踏みにじる業者は、どんなに立派なことを言っても、私は絶対に信頼しないことにしている。

