2015年02月10日

食品業界で夢を実現させた19人のビジネスウーマンの物語



大河原愛子著 「食品業界の撫子 (なでしこ) 」 (日本食糧新聞社 1800円+税)

写真なでしこ.JPG

私は、大きな仕事を成遂した人物の伝記ものが大好き。 
今まで300人近い伝記ものを読んでいる。 その中には、日経の朝刊の最終面に掲載されている 「私の履歴書」 も入っている。
この履歴書は、最近では1人で1ヶ月間継続されている。 始まったのが1956年からで、今まで約745人の履歴書が掲載されているが、政治家や小説家などの文化人、スポーツマンと幅が広い。
その中で、かなりのウェイトを占めているのが企業経営者。
しかし、私が知りたかった人の履歴書が掲載されていたのは、故潮田健次郎トステム社長と豊田章一郎トヨタ会長。 この2人はその人となりを知っているだけに面白かったが、肝心な点をわざと述べていない点が物足りなかった。 やはり、筆力のある人に伝記として書かせるべき。
住宅関係では、今まで積水ハウスやダイワハウスが掲載されているが、私か一番読みたかった岡田前三井ホーム副社長や、故澤田前住宅局長、故杉山東大教授、故片方北洲社長などだが、ごっそり抜けている。 この人達が日本の住宅のイノベーションを支えたのに、なんともはや残念至極なこと。 大げさに言えば国家的な損失。

さて、日経の履歴書の745人の中で、女性は30人と4%を占めているだけ。
しかも、ほとんどが作家や芸能関係者ばかりで、唯一の変わり種は米沢慶大名誉会長だけ。 企業経営者は未だに一人も登壇していない。
女性を主人公としたものは、多くの芥川賞がそうであるように、自意識過剰な 「私」 を取上げた物が多く、読む気も起きないものばかり。 その中で、大下英治著 「小池百合子の華麗な挑戦」 は一番面白かった。 それと、女性が書いた著作では、幸田真音著 「天佑なり  高橋是清・百年前の日本の国債」 が、燦然と輝いている。
そんな次第で、私はフラストレーション気味だった。
そんな時、図書館で偶然にもこの著書を見つけた。 2年以上も前に刊行されたもので、食糧新聞社という余り聞いたことのない会社が版元。 食品業界で成功している19人の経営者にスポットを当てたもの。
正直な話、私はこの著書に何一つ期待をしていなかった。 食品業界で大活躍している女性がいるなどとは聞いたことがなかった。 半分以上はマユツバで読み始めた。

取上げられている19人とは、大企業で活躍している女性が7人。 外資系が1人。 中小企業を引継いだのが6人。 残りの5人は自らの起業を果たしたモサ。
本来は起業家の方が面白いはずだが、著者のセンスと筆致のせいか、大企業に勤めている人の話の方が面白い。 19人のうち16人の女性経営者に引込まれてしまった。
たしかに、女性は日常的に食品と向き合っている。 自分の偏向した考えに拘らなかったら、男性社員よりも具体的で、発想力が地道で豊富。 観念的な男性に、敗けるわけがない。
一人平均16〜18ページという短い自叙伝。 それなのに85%近い女性の生き方に感動を覚えたのだから、その発想の具体性に打たれたということ。
しかし、16人を紹介するには枚数が足りない。 そこで、とくに私が感動を覚えた8人に絞り、そのエキスだけを紹介したい。

池田章子ブルドックソース社長   実践女子短大を卒業した時、身の振りを両親に相談した。
そしたら、「半年程度働いて、実家へ帰ってきなさい」 と言われた。 正直に 「半年程度働かせてください」 と言ったら、案の定 お茶くみの雑用係として採用。 しかし、会社勤めが面白くなりそのまま居付いた。 転機は入社10年目の社長交代劇。 人材育成と福利厚生の充実が叫ばれて、新設された厚生課へ異動。 社内報の仕事を全面的に任され、それを見事にこなしたら厚生課長に。 社員研修などを通じて経営戦略やリーダーシップを学んでいったら、2000年に社長に抜擢。 そして、イカリソースとの合併に成功しただけではなく、外資系の敵対的な買収劇をも無事に切り抜けて、売上1000億円の企業を安定的に発展させている。
上場企業で、短大卒のお茶くみ雑用係が、社長にまで登りつめたと言うセクサス・ストーリーが現実にあるのですね。 ぜひとも、池田さんの詳細な伝記を読みたくなります。

吉田美恵子日清製粉常勤顧問   日本女子大食物学科を卒業した吉田さんは、食物に対して強い関心があったので、技術系総合職として迷わず日清食品を選んだ。 だが、念願の商品開発部へ異動出来るまでには13年間もかかった。 日清製粉だから小麦を主体にした商品開発だけでなく、パスターソースやシロップに至るまで、幅広い商品の開発改良で売上に貢献。
32歳で長女を出産したが、幸いだったのは自宅の近くにサポート体制が完備した保育園があったこと。 このため、出張の多い仕事一筋の生活が継続出来た。
そして、技術スペシャリストからマネージメント職に変わり、日清グループの品質保証をする部に異動し、2012年に現職に選ばれている。

柳好美モスフード取締役営業部長   実家は江戸川区の大衆食堂。 父母と姉と4人で店を切り盛りしていた。 小学生の好美さんは、看板娘として建築現場員やタクシーの運転手などから可愛がられた。 しかし、東京農工大の農学部卒でも、どの社も相手にしてくれなかった。 
しかし、モスフードは違っていた。 創業者と一緒に歩いてきた人事部長が、1時間もかけてモスフードの将来を語ってくれた。 即入社。 入社後インストラクターとして活躍、35歳の時に妊娠したが、営業推進部次長で長く休むことは出来ない。 そこで一軒家を買い、主人の両親に同居してもらって育児を成功させている。 朝4時半に起き、家族の朝飯と2人の息子と自分の弁当をつくり、6時には家を出る。 しかし、会社へ行くのは週に1〜2日。 後は地方への出張。
このハードな役職を任命されたのが2010年。 将来はさらにステップ・アップも‥‥。

中島伸子井村屋製菓常務取締役   豊岡短大の学生の帰省の時、死者30人、負傷者714人と言う列車によるトンネル火災事故に遭い、医者から 「声を出す仕事はポリープが出来、ガンになる可能性が大」 と言われ、教師になるのを諦めて、調理師や簿記の免許とをとった。
短大を卒業すると、縁あってすぐ結婚して主人の田舎の福井へ引越した。 そして、自宅近くの井村屋で経理事務のアルバイトを始めた。 展示会のレシピを用意し、主婦に喜ばれるにはこのようにしたらよいと提案。 それが認められて正社員に。 そして、「営業をやってみないか」 と誘われて成果をあげ、北陸支店長から関東支店長に。
中島さんには2人の男の子と1人の女の子がいる。 主人の母に同居してもらって、子育ての難問は解決。2011年からは常務兼上席執行役員兼内部統制室長と、多忙な日々。

山口積恵セブンイレブン記念財団常務理事   英語が得意な山口さん。 商社の主人と結婚して台湾に渡ったが、結婚生活がうまく行かずに離婚して帰国。 その時、「英語が出来る人を募集中」 というイトーヨーカ堂の広告を見つけて応募。 鈴木敏文氏が直接面接し、「これから新しい会社を設立します。 ゼロから始めるのだから、軌道に乗るまでには最低3年かかるだろう。その間、辞められたり、早退されたのでは困る」 と言われ、文句なしに同調して採用。
ともかく、セブン・イレブンが発足する1年前から携わり、社長秘書として、毎週開かれる支店長会議や、毎年開かれるオーナー会議をコーデネイトし、社内報の編集にもタッチしてきたのでセブン・イレブンのことは隅から隅まで知り尽くしていた。 トップの近くに居れることはラッキーだと考えていたら、鈴木氏に呼ばれ、「今度オペレーションサポートセンターを作るから、貴女はその部長になりなさい」 と言われたのが1993年。 そして、2010年に現職へ。

抱井麻里チヨダ社長   東京国際大商学科を卒業した抱井さんは、12年間いろんな会社を経験した上で、34歳とき 「社内のコンピューターを新しくするので、ちょっとみてくれないか」 と父親に頼まれ、家業のからしメーカー・チヨダに入社した。 入社して簿記を習い経理を改善するとともに、購買部を見直してコストダウンを実行して行った。 また、女性だけの営業部隊を編成し、飛び込みをはじめとしていろんなチャレンジも行っている。
父が1991年に急死して、母や義兄が跡を継いだが上手く行かず、2003年に5代目社長に就任して「おでんの素」の事業を閉鎖するとともに、コンサルタントを招いて工場の合理化に取組み、更なるコストダウンと品質管理を飛躍的に向上させている。
同時に食品業界の女性経営者に呼びかけ、情報交換と共有化のネットワークづくりにも注力。

石渡美奈ホッピービバレッジ社長   お嬢さんとして甘やかされて育った石渡さん。7年間いろんな会社で修行。 父の跡を継ぐつもりで父に話したら猛反対。 父は同族会社としての混乱を危惧したかららしい。 ともかく、入社して青年会議所の仕事に熱中。
その一方、知名度の高いホッピーのブランド力をさらに高めるにはどうしたら良いかを研究。
中学時代の同級生で、東芝に勤めている友達に相談したら、「これからはインターネットの時代」 と言われた。 サイトを立ち上げても日々更新しないと誰も見に来てくれない。「ホッピーミーナあととり修行日記」 という形にしたら、とアドバイスをしてくれた。 そこでホームページ制作の勉強をして1999年にホームページを立ち上げたら一般の反応も良く、マスコミで大きな話題に。 これを契機に、父親に話をして、「攻めの経営」 に方向転換。
そして、2010年に社長に就任。 社内研修に力をいれている昨今。

入江恵子鍵庄社長   入江さんは明石の漁師の家の子。 海苔養殖が盛んになったが、漁師が参加するのは原藻の生産から板状に加工するまで。 それから先の味付け海苔、焼き海苔を作るのは 「味付け屋」 という加工業者の仕事。 したがって漁師が、「地元に味付け屋がいてくれたら‥‥」と嘆くことになる。
その声を聞いていた入江さんは1977年に味付け海苔屋を開業した。 最初は一枚々々味を吟味して、焼き加減を調節。 そのうちに 「これは特別においしい」 という海苔に出会った。
最初に収穫される海苔の新芽、つまり一番摘みと呼ばれるもの。 この一番摘みの海苔に特化したことが、鍵庄の成功のもと。 そのおいしさは口コミと贈答用でたちまち広がり、通信販売でも確実にその需要を増やしている。 噂を聞いたバイヤーから卸売りも始まっている。
そして、凄いのは海苔をパウダーにして、離乳食にもしていること。 ホーレンソウの10倍もの
鉄分やミネラルやビタミンではホーレンソウの3倍。 カルシュウムは牛乳の6倍と言われる栄養素が、パウダーで得られるのだから大変な発明品。 それだけではなく、ポルフィランという成分も発見。 いや、大変なブームを呼び込みそうだ。


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2015年01月30日

ローソンからサントリーへ 新浪剛史は経営者として本物?



吉岡秀子著 「プロ経営者 新浪剛史」 (朝日新聞出版 1400円+税)

新浪剛史.JPG

著者の吉岡女史には 「コンビニ・ジャーナリスト」 という肩書が付いているらしい。 
私も女史が書いた 「セブンイレブンおでん部会」 (朝日新書) や、女史が構成を手伝ったと言われている 鈴木敏文著 「変わる力 セブンイレブン的思考法」 (朝日新書) を読んでいる。 なかなか達者な筆致で読ませる。
その筆者が、今から5年前の2010年2月に、「砂漠に梨をつくるローソン改革 2940日」 という本を出版していたとは知らなかった。 

2001年に累積赤字でアップアップしていたローソンを、2000億円余を出資してダイエーから入手した三菱商事。 ローソンの再建は、三菱商事の最重要テーマの一つとなった。 そして2002年に、三菱商事から社長としてローソンへ派遣されたのが43歳の若輩・新浪剛史氏。
なぜ、コンビニ業界のド素人だった新浪が選ばれたのか?
新浪は36歳の時、社内起業として 「病院給食事業」 を立ち上げることを提案して、採用されている。 そして、年収10億円程度の給食会社を買収し、当初は副社長の肩書で新事業に飛び込んで大活躍‥‥。
コックなどの働く人に高いモチベーションを持ってもらうために、本場フランス視察に連れていったり、おしゃれなユニフォームなどを作ったり‥‥。
そして、自身は基本メニューの徹底した研究開発に取り組んだ。 
その結果、「レストランではなく、毎日通ってもらう食堂の場合は、《コメ》や《みそ汁》といった基本メニューをおいしくすることが絶対条件だ」 ということが分かった。 
つまり、沢山のメニューを用意するのではなく、基本におカネをかける。 そのことに対して商事の了解が得られ、良いコメとダシの入手に全力を上げることが出来た。 そして、「今日もおいしく炊いてね‥‥」と炊飯係にお願いして回った。
その結果、常連客から、すぐに 「ご飯がおいしい」 という反応が出て客が増え、店は活気づき、従業員が張りきった。 このため、5年後には年商は10倍の100億円になった。 
その新浪氏の仕事ぶりを、上司は正しく見てくれていた。

こうして、「3年以内に黒字化を果たせ」 という三菱商事の社長の激を受けて、ローソンにおける新浪体制はスタート。 当初は、「2〜3年以内に新浪は商事に帰ることになるさ‥‥」と多くの社員が傍観を決め込んでいた。 しかし、ローソンが次第に息を吹き返すにしたがって、第三者的な批判は薄れていった。 
その新社長に、毎月1度のペースで取材していた筆者が、新社長就任8年目に出版したのが前記の 「砂漠に梨をつくる‥‥」 という著書。 
この著を今回は全面的に改訂したと言っているが、読んでいて新浪氏の事業に対する計画性がさっぱり伝わってこない。 部分的なポリシーとか対応力は分かるが、事業に対する計画性が理解できないまま‥‥。
それよりも理解しにくいのは、経営者としての新浪氏の手腕。 
なにしろ、コンビニ業界には 「神様」 と仰がれるセブンイレブンの鈴木敏文氏が鎮座している世界。 ド素人の新浪氏には、「何でもいいから、業界の常識に挑戦するために走り出せ!」 と叫ぶしかなかったよう‥‥。 
たしかに、新浪はあらゆる常識に挑戦し、それなりの成果を上げている。 
しかし、過去の実績に囚われず、常識を否定して常に新しい路線を敷いてくるセブンイレブンに対して、どれだけ経営として有効性があったであろうか‥‥。

            2002年売上高 (%)   2007年売上高 (%)   2013年売上高 (%)
・セブンイレブン   2.21兆円 (31.7)   2.57兆円 (34.4)   3.78兆円 (38.3) 
・ローソン       1.29   (18.5)    1.42   (18.9)    1.95   (19.7)
・ファミリーマート   0.95   (13.4)    1.12   (15.0)    1.72   (17.4)
・そ の 他       2.54   (36.4)    2.38   (31.7)    2.42   (24.6)

上記の数字は、新浪氏がローソンの社長に就任した2002年と、それから5年間たった2007年。 さらには2013年の、3大コンビニ店の売上高と、全コンビニ界の売上高に占める比率 (%) を示したもの。
たしかにローソンは、02年の1.29兆円から07年の1.42兆円、13年の1.95兆円と、11年間に51.2%も売上を伸ばしている。 そして、マーケットシェアも02年の18.5%から13年の19.7%へ、1.2%もシェアを伸ばしている。
この数値だけを見ると、さすがは新浪氏はたいした経営者だと考えたくなる。
しかし、同じ時期にセブンイレブンは11年間で売上が2.21兆円から3.78兆円へと71%も伸ばして、ローソンの51.2%をはるかに凌駕している。 そして、マーケットシェアも11年間で6.6%も伸びている。 ローソンの1.2%の伸びなどは、眼中にない。
それだけではない。 ファミリーマートがなんと81.1%も売上を伸ばし、ローソンの2位の座を完全に狙える位置にまでシェアをアップさせてきている。 マーケットシェアも、11年間で4.0%も伸ばしている。
つまり、サークルKサンクス以下の中小コンビニのシェアが、この11年間に36.4%から24.6%へと11.8%も縮小している。 
コンビニ業界は、3大企業による寡占化の時代を迎えようとしている前夜。
その中で、ローソンの伸びが最も低く、やっとこさ2位の座をギリギリの差で守っているにすぎないありさま。

この著書は、こうした鳥瞰視した視点が余りにも足りない。
さらに付け加えるなら、2014年の時点で、セブンイレブンは国内に1万7009店の店を持っているほかに、アメリカに8139店、タイに7965店、韓国7128店、台湾5025店、中国2017店、メキシコ1730店、マレーシア1677店、フィリピン1169店という4桁台の店を出している。 そして進出している国は15ヶ国で、3万7201店。 
国内と合わせるとなんと5万4210店という巨大マーケットを形成している。
そのことを知らなかった私は、5年前にスウェーデンでセブンイレブンの看板を見て、腰を抜かしそうになった。 ドイツやフランスなどにはまだ出店していないが、人工過疎のスウェーデン、デンマーク、ノルウェーの3ヶ国だけで540店も出店している。
いいですか、同時期にローソンの国内の店舗数は1万1606店で、中国387店、インドネシア61店、タイ29店、ハワイ4店、海外計が483店。 セブンイレブンの北欧3ヶ国の店舗数よりも劣る出店数。 それで、グローバル化とかなんとか叫んでいるのだから、片腹が痛くなってくる。

私は、ローソンの悪口を言うためにこのブログを書いているのではない。
ローソンにも、大いに頑張って頂きたいと願う。 
そして、新浪氏から社長のバトンを受継いだのは、あのユニクロの柳井社長から一時社長を任されたことがある玉塚氏。 本物の経営者と言えない新浪氏は、「東北大震災の時、玉塚氏を中心とするチームが、よく頑張ってくれた。 このチームならば、安心して企業が任せられると確信した」 と語っているが、それが本音かどうか‥‥。
というのは、今日1月29日の日経の朝刊に、「100円ローソン260店閉鎖」 「小型スーパー・ローソンマート39店も15年中に閉鎖へ」 という記事が出ている。
新浪氏がショップ99に出資して 2008年にローソンストアという名の子会社として、全国に1117店を展開しているが、そのうちの100店の直営店を閉鎖して、ドラック併設コンビニなどへの模様替えをするらしい。 
業界の常識に挑戦した新浪式イノベーションは、新しい社長の手によって部分的に修正を加えられてゆくことは必死。

そんな新しい動きが読めるので、5年前に書かれた新浪賛歌のこの著書には、どうしても疑問符が付いて回る。 ローソンを再生させたという一方的なヨイショで、サントリーにふさわしいプロの経営者だと奉っている内容には賛同できない。 ローソン程度の活躍で、氏を優れた経営者として評価することは、絶対にしてはならない‥‥。
たしかに、ポリシーなどには賛同する面は多いが、プロの経営者にふさわしいと言えるのは、やはりサントリーの指導者として、輝かしい業績を上げた後になろう。 
経営者としての本当の評価は、10年後にならないと出来かねるだろう。   


posted by uno2013 at 08:37| Comment(1) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月05日

思わず唸ったNHKスペシャル 「女と男」 の科学番組


NHKスペシャル取材班 「女と男‥‥最新科学が解き明かす〈性〉の謎」 (角川文庫 629円+税)

女と男.JPG

申し訳ありません。
5年前の2009年1月に、NHKスペシャルが、「シリーズ 女と男‥‥最新科学が読み解く性」 を3回に分けて放送していたのですね‥‥。 その科学番組が好評だったので、ダイヤモンド社が 「だから、男と女はすれ違う」 という題名の本を出版していたことも知らなかった。
大体、「男と女」 に関する報道番組や出版物は多すぎる。 そして、そのほとんどがいたずらに好奇心をくすぐるものばかり。 まともに科学したものはお目にかかったことがない。
したがって、私がNHKのスペシャルシリーズを見なかったのも、ダイヤモンド社の出版物に気がつかなかったのも、ある意味では許されると開き直っている。 
「省エネ」とか「環境」 という文字を見ると、なんとなく惹かれてしまう。 だが、今頃「女と男」と言われても、無視するのが常道。 
いちいち関心を寄せていたら、それこそ気が狂ってしまう。

1年以上も前に、角川文庫から出版されたこの著を図書館で見かけた時、正直いってほとんど気乗りがしなかった。 読みたい手ごろな本が見つからなかったので、期待しないまま借りてきたまで‥‥。
ところが、女と男の考えや行動の違いを、科学的に探究している研究者や学者は、世界には意外と多いのですね‥‥。
そういった科学者をことごとく調べ上げて、NHKは取材している。 
NHKのスタッフの、その徹底した取材ぶりには、感心させられると言うよりも 頭が下がる思いがした。 
その取材の結果として、近い将来に男性の30%が結婚出来なくなる怖れがあるという。
だが、500〜600万年後の将来には Y染色体が滅亡し、「男なしの世界」 が現出するかもしれないというのだ。 私が知らなかった驚異の世界が、科学的に語られていた。
古い著書だが、急遽取上げることにした理由を、ご理解いただきたい。 そして、取上げられているテーマのほんの一部しか紹介出来ないことも、併せて了解頂きたい。

心臓病と言うと昔は男の病気だと考えられてきた。 医師は今までは男性の冠動脈しか疑っていなかった。 ところが、女性の場合は微小血管の狭心症が多い。 そのことを発見したマーズ医師。 1984年以降、アメリカでは女性の心臓病による死亡者が男性をはるかに上回っているが、これは冠動脈の検査を中心に診断してきた結果だという。
また、1989年に39歳のアメリカの女性が、食事中にひどい不整脈を発症して意識を失った。 その原因は、女性が服用していたテルフェナジンという抗アレルギー薬の副作用。 その薬は決められた量しか飲んでいなかったが、その量は男性を対象に決められた量で、女性の場合は量が多すぎて、危険だということが分かった。 このように、かかる病気は同じでも、薬の効き目は男女差があるということが判明してきている。

よく、「生まれか育ちか」 が問題になる。 
アトランタのエモリー大のキム・ウォレン博士は、人間の子だけではなく猿の赤ちゃんにも「ぬいぐるみ」と「車」を与えて、結果を観察した。
人間の女の子は、ぬいぐるみを選んだのは6割で、車が4割。 これに対して男の子は8割以上が車を選び、ぬいぐるみは2割弱。
ところが、猿の子でも、男の子と女の子の選択比はほとんど人間と変わらない。 
このことから、男女のおもちゃの好みは、育て方よりも生まれた時から決まっていると判断出来そう。 ウォレン博士は、「車のおもちゃが現わしているのは活発な行動。 一方ぬいぐるみが現わしているのは育む行動。 ヒトもサルも、自分に快適だと感じた行為を選んだ結果」 と断言している。
つまり、生まれた時からオスとメスでは快適と考える行動が違う。 子供には、おもちゃを自在に選ばせた方がよいというのが結論。

レスブリッジ大のデボラ・ソーシャー博士は、ビクトリア州の墓地で、「●南東に向かって19メートル進め ●東に回り60メートル進め ●北西に曲がり17メートル進んだところが目的地」 というメモ用紙を男女の学生に渡し、博士が一緒について歩き、間違回数をカウントした。
間違えた回数は男性が2.95回、女性が9.86回。
2回目のテストは、「●真直ぐ進んで聖人像にぶつかったら右に曲がれ ●眠れる少年像のところで左に曲がれ ●真直ぐ進んで幹がVの字に分かれた松の木が目的地」 と言うメモ。
間違回数は男性が4.02回、女性が2.85回。
この結果、男性は方向の指示を得意とし、女性は目印の指示を得意とするということが分かった。 よく、女性は 「地図が読めない」 と言われるが、これは地図が方向指示で書かれているから。 この男女の得手、不得手は、数百年前にアフリカの大地で作られたもの。
狩りをしていた男は、獲物を追って遠くまで出かける。 帰り道は方向感覚が頼り。 
これに対して、女性は木の実や芋などをあさった。 また、子供の顔色を見て健康かどうかを判断しなければならなかった。 このため、女性は目印で判断するようになった。

一夫一妻と言う制度が人類では当然のことになってから、精子の質が著しく劣化してきているという。 とくにノルウェーで、その傾向が最近顕著になってきている。
それどころか、男をつくるY染色体が崩壊の真っただ中にあるという。
2002年の科学雑誌 「ネイチャー」 に、「およそ1000万年後には、Y染色体は形跡もなく消えてしまう怖れがある」 という研究が発表された。
女はX染色体が2つ。 男はXとY染色体が各1つずつ。 ところが、このY染色体が著しく劣化してきている。 
オーストラリア国大のグレーブス博士は、哺乳類ではオスをつくる性染色体が著しく衰退してきていると分析。 ネイチャーに発表後コンピューター・シミュレーションで、「1000万年後どころか、500〜600万年後にY染色体がなくなる」 という試算が得られた。
哺乳類が何故XとYという染色体を得たのかなどについての記述は、長くなるので省く。 詳細はこの著を読んでいただきたい。 
東京農大の河野教授は、「万能細胞を使って精子や卵子をつくることで、Y染色体崩壊後の生殖システムも人為的に確立できる可能性が高い」 と唱えている。
こんな大問題が、人類を襲っているとは知らなかった。

また、少子化が進むと言うことは、年下の女性が少なくなるということ。 そのほかの事情を考えると、「30%の男性が結婚出来ない時代が目前に」 という話題をはじめ、恋人選びに使われる男女の感覚の違い、二足歩行が変えた骨盤の変化と「未熟」のまま子を生むシステム、離婚を招く会話パターンなど、あまりにも興味深い科学がこれでもかと続く。 一読の価値あり。


posted by uno2013 at 11:55| Comment(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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