熱交換換気とデシカに対する4項目の質問メールを頂きました。
その4項目に正しい返答を用意するには、この20年間の世界と日本の換気に関する大まかな動きを説明しないかぎり納得して頂けないと感じました。
今までの記述と重複する内容がありますが、判断の一助にしていただければ幸甚。
今から20数年前、カナダ天然資源省のCANMETという研究機関のマーク・ラィリ氏に頼まれて、当時の建設省、通産省に働きかけて、日加R&Dワークショップの立ち上げに協力した。
そして、都合7回に及ぶ日加の高気密高断熱技術会議・ワークショップに欠かさず参加してきた。
この会議で注目を集めたのは、 何と言ってもCANMET を中心とするカナダ側の室内空気質の研究。 日本の冷凍空調学会の研究に比べて、しっかりとした実測データに基づく発表には新鮮さと実用性が満ちていた。
もちろん、日本側の発表にもハッとするものも多かった。 だが、テーマが研究者の独善によるものが多く、高気密・高断熱住宅の最前線で悪戦苦闘しているビルダーには直接役に立たない実用性に欠けるものが多かった。
これに対して、カナダの研究はR-2000住宅の普及と言う国家的な大テーマを抱えていただけに、正に実用的。
そして、室内の空気質を安定的に保つには、台所・浴室・トイレを中心としたダーディゾーンからの24時間排気が不可欠という責任感の強い明確な結論を出していた。 いいですか。 日本のようにいい加減な文言ではなく、ダーディゾーンからの24時間連続排気を義務化していたのですよ !!
したがって、顕熱交換機による換気しかないと、北欧と同じ結論に…。
最初に立川に建てたR-2000住宅にはナショナルの全熱交を採用。
そこで帰って早々に、台所で匂いの発生実験をやってみた。 排気口に少し匂いを吹付けると、たちまち全館に匂いが移転。 改めて、 CANMET の言うように、台所からは最低 50m3/h の顕熱による24時間連続排気を行わない限り、どんなに力んでも綺麗な空気質が得られないことを納得させられた。
そこで、ワークショップに参加していたダイキンの当時の技術部長にお願いして 顕熱交換機を開発してもらった。 ところが、日本から100人近い設備や住宅の開発担当者がワークショップに参加していたのに、大手住宅メーカーはダイキンの顕熱交を採用しなかった。 北海道や東北のビルダー仲間は カナダのVan-EE 社からの輸入品で凌いでいた…。
そして20年前にカナダで面識のあったキミ・伊藤氏とマトリック氏が、「匂いが移転しない」 という宣伝文句に飾られた Van-EE 社のロータリー式全熱交の売込みに来た。 早速、上石神井のモデルハウスの1階部分に採用し、匂いのテストを行ってみた。 その結果、謳い文句とは異なりあっという間に全館に匂いが移転。 これでは使い物にならないと、きっぱりと断った。
だが、キミ・伊藤氏はCANMET の方針を曲げ、スーパーEの仲間にこの全熱交を売込んだ模様。 住宅評論家・足立博氏の報告によると、経年変化したこの種の全熱交の家では異臭が気になったという…。
さらに、日本の全熱交の歴史をたどると、5年ほど前にスウェーデン製のアルミ・エレメントによるビル用のロータリー式全熱交がガデリウスから紹介された。 オリエンタルの社長と一緒に見に行き、アルミ製のエレメントに感動を覚えた。 だが、 Van-EE社のことがあったので、日本で実験をやって欲しい。 その結果を見てから考えますと返事した。 しかし、その後連絡がなかった。
ともかく、日本の全熱交の先鞭社は、寡占時代の松下精工と三菱電機。
両社ともエレメントに和紙を使っていたので、トイレと浴室などの湿気のあるところの熱交換は 和紙が痛むので最初からお断り。
これに、風穴を空けたのがレンゴー。
同社の技術を利用してローヤル電機が数年前から熊谷工場で全熱交を生産し、トステムのルートで全国的発売を…。 エレメントを和紙から変えたので、「トイレからの排気は可能ですが、浴室は遠慮してください」 との内容。
そして、1年余前にはレンゴーが「ガスバリア性透湿膜」によるエレメントを開発し、「浴室からも、トイレからの排気もOK」 という商品をフロンティア社が発売を開始。
このエレメントに注目したオリエンタルが、ダイキンの透湿膜加湿器と同じ形状のものをつくらせ、安価な価格でハーティホームの既存客に代替品として紹介してくれている。 透湿膜加湿器は水垢が詰まって使用不全に…。しかもダイキンが透湿膜加湿器の生産を中止して困っていた時だったので、まさに渡りに船。
ガスバリア性透湿膜は、冬期には40%近い加湿能力があり、初期の除湿器がなんとか使えるので、築10数年過ぎのR-2000住宅でも除加湿機能が働いてくれている。 省エネ性は劣るが、除加湿面で見ればなかなかのもの…。
そして、ヨーロッパで熱回収換気の全面的な普及で第3種換気の需要がなくなり、ほぼ生産停止状態に…。 このため、日本の初期の換気システムとコンセプトの普及に多大な貢献を果たしてくれた札幌のディックス社が、昨年1月で営業を停止するというショッキングな発表があった。 時代が大きく変わったことを実感させる出来事だった。
この事件の以前からクローズアップされていたのが、一条工務店の仕様書発注で ダイキンが受託生産をしていた一条工務店の「ロスガード90」。 ダイキンでは「ベンティエール」と呼称している商品の評価。
一条工務店の開発担当者がダイキンへ申入れた条件は、以下のようなものだったと聞いている。
「夏の湿度が高い日本では、エンタルピ交換効率が大きくものを言う。 90%以上の高効率のものを開発してほしい。 と同時に、築8年以上の住宅でのダクトに径年変化による問題点がないことを実証してもらいたい。 それが可能であれば、価格が00万円であれば2年間で1万セットを発注する」。
この築8年以上のダクトの住宅を紹介して欲しいという要請がダイキンから入った。 そこで築9年のS邸を紹介し、SAダクト数ヶ所からホコリを採取して、公的機関に持ち込んで培養試験を行った。 その結果、有害なカビや細菌がゼロであることが立証された。
また、フィリピンのHRDのモデルハウスで行われたエンタルピの試験でも、見事に90%の交換効率に成功。 この結果を見て、それまではダクト工事に対して低評価しかしてこなかった一条工務店が、一転してダクトによるロスガード90の採用に踏み切った。
しかし、ツーバィフォーによるプレハブが主体の i-cube や i-smart では、200φの空調ダクトを配することが困難。 最大で100φが限度で、一般的には80φ。 つまり一条工務店は、換気だけにしか採用しなかった。
その話を聞いたので、SさんとS.Tさんにお願いして セントラル空調換気システムの今までの顕熱交に変えて ベンティエールでの採用をお願いした。
というのは、一条工務店の技術者だけでなく、空調関係のほとんどの技術者は、日本の多湿な夏問題にはエンタルピ交換効率が大きな比重を占めている。この解決こそが何よりも重要だ、と叫んでいたから…。
素人の私は、ダイキンの90%のエンタルピ交換効率は大きな意味を持っているはず。 夏期の冷房運転がかなり短くなり、除湿問題の解決に向けて一歩も二歩も前進してくれるだろう。それを実証実験で証明すべきと考えたから…。
ただし、一条工務店と違って、単なるセントラル換気では面白くない。200φのダクトを使ったセントラル空調換気システムとして採用する。 そして、どこまでも台所・浴室・トイレ・シューズルームなどのダーディゾーンから24時間連続排気を大前提にする……という条件で。
そこで、問題になったのがベンティエールのエレメントが何で出来ているかということと匂いの移転問題。
ダイキンのベンティエールのカタログを見ると、10層からなる新鮮空気と室内空気の交差によって熱と湿度の回収が行われていることがよく分かる。 しかし、エレメントは、「40μmの超薄膜の高密度エレメント」 としか書いてない。 企業秘密と言うことで詳細は教えてもらえなかった。
ただ、浴室とトイレからの排気は絶対にダメだとは言わなかったので、和紙ではないとの感触が得られた。
そして、匂いの移転を防ぐために、ダイキンエアテクノの指導によって全熱交に入る寸前のRAダクトに 光触媒機能を装備した。 これにより、臭いの移転問題などは一切起こっていない。
さて、この全熱交の成果や如何に ?
S.T邸でのデータでは、冬期は加湿器を用いなくても相対湿度が40%前後を維持してくれ、浴室を含めた湿度回収効果が高いことを証明してくれた。 しかし、S邸ではお子さんが2人とも留学中。 このため帰省中の正月以外は内部発湿が少なく、全熱交による湿度回収だけではやや不足気味…。
問題は、夏のエンタルピ交換効率。
その効率に過大な期待を寄せていたので、両邸とも当初は除湿機能のない空調機を設置していた。
最初の夏を迎えたら、期待に反して両邸とも蒸し暑くて生活が出来ない。
相対湿度を60%にするには、設定温度を25℃まで低くするしかなかった。 25℃という低温の設定温度は、高気密高断熱住宅では想定外の低性能。 快適さが著しく落ちるので、とてもじゃないが消費者に紹介出来る代物ではない。
このため、両邸とも空調機をドライ除湿が可能な「アメニティビルトイン」 に交換せざるを得なかった。 この空調機の交換によって、冷房費は若干高くなったが、やっと26〜27℃での生活が可能に…。
両邸での実験で分かったことは、高温多湿な日本では 夏に全熱交で温湿度を交換すればするほど湿度が増加して 生活環境が著しく悪くなるという事実。
多くの空調関係の技術者が盲信していた「エンタルピ交換効率を上げると夏は凌ぎやすくなる」 という仮説は、どこまでも思いちがいの夢想にすぎなかったことが判明…。 つまり、夏期は除湿をしない限り快適性の質は向上せず、「全熱交は 日本の夏には全く役に立たない」 というのが結論。
そして、冬期は浴室・トイレ・台所などの水回りのダーディゾーンから24時間排気で熱と湿気を回収しない場合は、これまた全熱交にする意義が半減することも判明。
一条工務店の i-smart の場合は、トイレ・浴室とも床暖房をしているので、カビの発生は防止出来ている。
しかし、浴室に床暖房をしないベンティエールやデシカ、あるいはローヤル電機製品の場合では24時間排気運転をしなかったら、浴室にカビが生える確率は非常に高いはず。 浴室のドアを空けて室内側へ湿度が流れるようにしたところで、空気の24時間循環が保証されないから塩素系カビ取り剤のお出ましとなり、室内空気の悪化は避けられないはず。
そして、これはどこまでもオリエンタルの実績例にすぎないが、施主に対して 「必要であれば、後でいつでも光触媒機能を付加します。 だが、光触媒機能がなくてもトイレ・浴室から24時間排気をすると、今のところ匂いが気になるという施主はいません」 と、光触媒機能をオプションにしている例が急増中。
これは、まだ3年程度の経験値しか揃っていないが、いろんな測定データが揃うと意外な真実が浮かび上がってくるかもしれない。
非常に面白い実験だと思う。
ただ、夏期の除湿はベンティエールでは出来ない。 そこで、デシカの登場となってくる…。
ところが、家庭用デシカの販売で、ダイキンが製造物責任を回避するがために、やたらと腰が引けた弱腰姿勢が目立ち過ぎ…。
オリエンタルにしても私の仲間にしても、S邸での3年間の実績を基に、デシカ換気に関しては浴室からの24時間連続排気を大前提に計画を立てている。 浴室やトイレ、台所など水回りからの24時間排気を行うからカビが生えない。 カビが生えないから、塩素系の防カビ剤を使わなくて済み、室内空気質が担保出来る。
それなのに、塩素系のカビ止め剤によるエレメントの故障を怖れて、浴室からの24時間排気を拒否し、結局はカビを生やして、塩素系の防カビ剤を使わねばならない立場へ消費者を追い込み、結果として空気質を悪化させるというお粗末な喜悲劇を ダイキンは演出している。
「デシカのエレメントは塩素系の防カビ剤には弱い。 したがって、浴室の排気は絶対に停めることなく24時間排気を実行してください。 そうすれば、排水溝に若干赤カビなどが生えた例はあるが、問題になるような事態は起こっていません。 ただし、万が一カビが生えた場合には連絡をしてほしい。 丸1日デシカを止め、カビ掃除を手伝います。 ただし、お客さんの方で一方的に防カビ剤を使い、エレメントが故障した場合はどこまでも責任はお客様にあります。 メーカーも、ビルダーも、工事業者も一切の責任は負えません」 と高らかに宣言をすべき。
デシカを選ぶ施主は、そこいらのチンピラヤクザのようなゴネドクの立場は絶対にとらない。 メーカーもビルダーも、もっと確信を持って全幅の信頼を施主に寄せるべき。
なお、浴室から24時間換気をすると、ダクト内にカビが生える怖れがあるのでは…との懸念が一部にあるのは事実。 この質問に対しては、「そんな大問題が未解決で残っておれば、今までのセントラル空調換気システムの代表的な施主である大学教授をはじめとして東芝、三菱電機、東電、鹿島建設、竹中工務店、清水建設に勤めている一流のエンジニア連が 黙っているわけがないではないですか…」 と答えることにしている。
セントラル空調換気も、デシカも、もっと大胆に消費者を信じるべきだと考えます。
そして、消費者との信頼関係が完全に出来あがるには、納得出来る成功実績を積み上げるしかなく、かなりの時間がかかる大事業だと思います。