2014年12月05日

2040年には、杉並・練馬区でも地価が2010年比で30%を割る?!



三浦 展著「日本の地価が3分の1になる!」 (光文社新書 880円+税)

地価.JPG

久しぶりに面白い本に出会いました。

ご案内のように、戦後の日本の地価は過去4回、大きく値上がりしました。
第1回目は、1950年代の半ば。 いわゆる高度成長期で、工場用地の需要が急速に高まったことから工業用地を中心に地価が急上昇。 人口の都市への集中も進み、商業用地と住宅地も便乗して値上がりが‥‥。
2回目は1972年に、田中角栄が提唱した 「日本列島改造論」 が発端になり、地方で住宅価格が上昇。 大都市でも60年代に大都市圏に流入した人口の持家意慾が地価を押上げた。
3回目は、1985年から1990年にかけてのバブル期の商業用地の急騰。 第2次産業から金融、不動産、情報などの第3次産業へのシフトが進み、商業地とオフィス需要が高騰。
4回目は、2007年を山としたファンドバブルと言われるちょっとしたピーク。 海外から資金が流入したもの。

ところが、2011年からは日本が高齢化と人口減少によって、2050年には日本全体が経済破綻した夕張市のようになるのでは考えられ、海外の投資家から敬遠されるようになってきた。
住宅地価の変動は、人口の増減と深く関わりを持っている。 とくに、人口に関する3つのポイントの中で、「総人口」 とか 「依存人口比率」 ではなく、日本では 「現役世代負担率が大きく物を言う」 という前提で、地価未来を予測している。 
この著書の最大の特徴は、現役世代の負担率の大小で、未来地価を予測している点。

総人口は、2010年に約1億2800万人だったものが20年後の2030年には1100万人減の約1億1700万人、それがさらに10年後の2040年になると700万人減の約1億800万人、さらに10年後の2050年になると1100万人も減って約9700万人になってしまう。
問題なのは65歳以上の老人の人口の割合が増えて、19〜64歳の生産年齢人口が減ること。 老人を支える生産年齢人口の比率を、現役世代負担率という。 
つまり、2010年には19〜64歳までの生産年齢人口が約8170万人 (64%) いたものが、2030年までの20年間に1400万人も減って約6770万人 (58%) に、それから2040年までの10年間で980万人減って約5790万人 (54%) に、さらに2050年には890万人減の約4900万人 (51%) になってしまう。 
これに対して65歳以上の老人は増え続け、2010年の現役世代負担率は0.36と、3人で1人の老人の面倒を見るだけで済んだものが、0.75と 4人で3人の面倒を見なければならなくなってくる。

人口問題研究所の長期統計資料によって、2010年の総人口が2040年には各都道府県別に何人なるか、という資料を提示している。
詳細な資料は、すでに新聞などで見ておられると思うので省くが、2010年に比べて2040年の人口が減るワースト10の%だけを挙げると次の通り。
@秋田 64%  A青森 68%  B岩手 71%  C高知 71%  D山形 72%
E徳島 72%  F島根 72%  G福島 73%  H長崎 73%  I山口 74%
上位に、東北と四国、九州のなどの各県が入っている。 この数字の中で、福島は原発災害以前のものだから、どこまでも参考数値。
逆に、総人口が減らないベスト10を挙げると以下。
@沖縄 99%  A東京 94%  B滋賀 93%  C愛知 93%  D神奈川 92%
E埼玉 88%  F福岡 86%  G千葉 86%  H宮城 84%  I広島 84%
いづれも東京を中心とした大都市圏だが、沖縄、滋賀、宮城県の健闘ぶりが目に付く。

問題は、2010年に比べて2040年に65歳以上の老人比率がどれだけ増えるか。
つまり、支えなければならない人口が増加すると、地価は安くなるというのがこの著書の特徴。
そこで、ワースト10を挙げると、以下のようになる。
@沖縄 71%増  A神奈川 60%増 B東京 53%増  C埼玉 50%増  D愛知 47%増
E滋賀 47%増  F千葉 46%増  G福岡 37%増  H宮城 36%増  I大阪 35%増
これに対して、秋田、島根などは65歳以上の人口がわずかだが減少し、岩手、山形、和歌山、高知などではほとんど横ばいで変わらない。 そして65歳以上の人口増加が10%台の県が14にも及んでいる。
ということは、43%の県ではすでに高齢化が進んでいて、これ以上の高齢化が自然に抑えられているということになる。
反対に、現在若者の比率が多い沖縄をはじめ、大都市圏ではこれから急激な高齢化が進んで、これに伴って現役世代負担率が急激に上昇し、地価が大きく下落すると予測している。 
これは、1975年から2010年までの35年間の人口変動・経済成長要因が、住宅地価格の変化に与える影響度を法則化して、シミュレーションしたもの。 

その結果、2010年を100とした場合の、2040年の指数の高い順に47都道府県を並べると、下記のようになる。
(1)岡山 0.473 (2)大分 0.451 (3)熊本 0.432 (4)滋賀 0.424 (5)佐賀 0.422
(6)島根 0.421 (7)山口 0.419 (8)愛知 0.417 (9)宮崎 0.412 (10)鹿児島 0.410
(11)三重 0.410 (12)広島 0.402 (13)石川 0.399 (14)長野 0.399 (15)東京 0.395 
(16)岐阜 0.394 (17)沖縄 0.393 (18)香川 0.388 (19)京都 0.388 (20)福岡 0.386 
(21)福井 0.386 (22)富山 0.385 (23)島根 0.383 (24)愛媛 0.383 (25)山形 0.378 
(26)兵庫 0.378 (27)新潟 0.377 (28)群馬 0.375 (29)大阪 0.368 
(30)和歌山 0.368 (31)高知 0.368 (32)静岡 0.366 (33)宮城 0.361
(34)岩手 0.359 (35)神奈川 0.355 (36)茨城 0.352 (37)徳島 0.351 
(38)長崎 0.349 (39)埼玉 0.347 (40)奈良 0.347 (41)山梨 0.346 (42)栃木 0.339
(43)千葉 0.339 (44)福島 0.329 (45)北海道 0.306 (46)秋田 0.306 
(47)青森 0.289

少し、この整理に時間が取られ過ぎた。
次に県庁所在市とと政令指定都市で、地価の下落率の激しい都市のベスト20を挙げよう。
@秋田市 0.259  A青森市 0.261  B札幌市 0.304  C相模原市(神奈川) 0.304
C奈良市 0.313  D仙台市 0.317  E徳島市 0.317  F宮古市(岩手) 0.323
G長崎市 0.326  H福岡市 0.327  I盛岡市(岩手) 0.33  J千葉市 0.335  
K高知市 0.336  L宇都宮市(栃木) 0.342  O横浜市 0.343  P鳥取市 0.348
Q高松市 0.354  R鹿児島市 0.355  S宮崎市 0.355
ともかく、上位に相模原市とか横浜市、千葉市などが顔を並べているのだから驚く。
そして上位50市が、2010年比で40%そこそこの数字でしかない。 50市以上が60%近く下落すると言うのだから驚く。

東京の地価.JPG

しかし、私が最も驚いたのは上の図を見た時。
東京で、奥多摩とか檜原村、青梅市の地価が安くなることには、納得できる。
真っ赤に塗ってある地域は、2010年に比べて地価が0.3未満の地域。 つまり、7割も地価が下がる地域。
その真っ赤な中に、多摩市や福生市に並んで、なんと杉並区・練馬区が入っているではないか。
私は、てっきりミス・プリントだと考えた。 
しかし、画面をよく見ると、あの人気の高い吉祥寺のある武蔵野市・国立市、渋谷区・港区・中央区も、赤に準じる茶色になっている。 つまり、0.3未満ではないけれども、0.3〜0.34も地価が下がる地域に。
そして、そのほかの東京は全体的に黄色。 これは地価が2010年比で0.35〜0.44の地域。
東京も、ずいぶん安く見られている。

そして、2040年の地価が0.45以上と言うのは、新宿・江東・墨田・台東・荒川・北区しかない。
都心に近くて、交通費がかからない。 とくに羽田などの飛行場に近いので、外国人労働者に人気のある地域。 家賃もそれなりで、所得が低くても住みやすいところであることは間違いない。
しかし、私のような地震過敏症の人間には、絶対に住みたくないところ。 何しろ震度7の直下型地震が、30年以内には襲ってくると保証付きの地域。 もし、木造が燃え上がるということになったら、命は保証されない。
また、雨が強い日には、下町を走る地下鉄に乗っているだけで、非常に不安になってくる。 
「集中豪雨に見舞われた時は、どこへ避難したらよいのだろうか?」 と。
つまり、この著は、そうした住民の意識を全く無視して、現役世代負担率だけで地価を計算している。
これは、素晴らしい考えのように見えるけれども、耐震や耐集中豪雨被害という基本的条件を無視したシミュレーションだと断言出来る。

それと、強調しておかなければならないことがある。
それは、現在の65歳以上が老人で、非生産人口だという考え方。
65歳以上を高齢者と定義したのは、今から54年前、つまり半世紀以上も前の1960年。
当時の男性の平均寿命は、65歳だった。 だから65歳以上を高齢者と決めたことは意義があった。
しかし、この半世紀のうちに、食料事情と医療制度が抜群に良くなった。 喫煙者も減ったし、健康に留意して歩く人も多くなった。
このために、男性の平均寿命は、80歳を超えてきている。
65歳で高齢者扱いにされることに反発を感じている人も多い。 まさか昔のように、「平均寿命が80歳だから、高齢者も80歳以上にしよう」 と言うのでは、社会的な反発を喰らうだろう。
しかし、生産年齢を74歳に引き上げて、働く意欲のある人、あるいは働きたい人に働いてもらうことは、私は大いに意義があることだと考えている。
もちろん、65歳を過ぎれば、週5日制は辛いかもしれない。 日に8時間働くのも無理かもしれない。
そこいらは、フレキシブルに考える必要があろう。 もちろん、年金制度をどのようにアレンジするかということも重要なポイントになってくる。

そして、もし74歳にまで労働人口が増えた場合には、現役世代の負担率も2010年並になるという。
そうすると、地価はほとんど安くしなくても良いと書いている。
この辺りのロジックに、私も完全に同意しているわけではない。 しかし、現在の外国人労働者を200万人から400万人に倍増する案よりは、多くの日本人の納得と賛同を得られるのではなかろうか。
そういった読み方も出来るという意味で、この著はなかなかのもの。 
しかし、くだらないグラフが目障りになるという面も持っている。
posted by uno2013 at 16:49| Comment(0) | 産業・経営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月30日

若手フレーマー工の育成減によるツーバイフォー工法の衰退



ツーバイフォー工法を導入した私に求められたのは、ツーバイフォー工法を完全にこなせられる大工さんの育成。 つまり、即戦力になる技能者の育成だった。 
それには、素人の大工さんを1から育てるのではなく、在来木軸で腕の良い 理解度の高い大工さんを教育して、中心戦力部隊になってもらう必要性があった。
もちろん、フレーマーと呼ばれている建て方の大工さんだけではなく、まず設計士と現場監督の教育と研修が欠かせない。 次いで営業マンも‥‥。
それだけではなく、サッシ工、断熱材工、石膏ボードを中心としたドライウォール工、造作大工さんの養成も欠かせなかった。 
配線・配管工事をはじめとした内外装の仕上げ工事業者は、気密性の担保方法など、要点だけをマスターしてもらうだけで間に合った。

幸い、私は延べ60日間ぐらいロスとシスコを中心としたアメリカ西海岸で、単にフレーマー工だけでなく、全ての職種の作業を分析し、その高い生産性と、品質管理のIE (インダーストリアル・エンジニアリング) の技術を、直接タイム測定調査で体得する機会に恵まれた。
それだけでなく、アメリカから3人の大工さんを呼んできて、日本全国10ヶ所をキャラバンして回るという 「建て方実演」 に立ち会えるチャンスもあった。 
つまり、アメリカの大工さんはどこまで分業化しており、例えば建て方のフレーマーだと1階床組から屋根の野地合板を張り終えるまで、40坪の住宅で平均0.23人工しか要していない。 つまりプレハブ化しなくても、3人で3日間で完全に完成させている。
そのためには、どのような施工図が必要か。 段取りや工程管理はどうあるべきか。 また、クギは何センチの長さのものを何本打つべきか。 などを完全に空んじることが出来た。

アメリカのプロのツーバイフォーの大工さんの仕事ぶりを、全国の大工さんに見てもらい、納得の上でツーバイフォーに取組んでもらった。 
こうしたキャラバン以外に、私が直接指導した大工さんは延べ200人近くにも及んだ。 
40年前は、腐るほど大工さんがいた。 
いろんな大工さん教育研修した結果、素人をフレーマーとして育成するよりも、矩計などを完全に会得したプロの大工さんに話を持ちかける方が、はるかに効率的だということが分かってきた。
そして、私が中心的に働きかけたのは青森の大工さん。 
大工さんとしての基本がきちんと出来ているので飲込みが早い。 あっという間にマスターしてもらえた。 中心となる数人には、それなりに時間をかける必要性はあったが、核が出来た後は1ヶ所の現場研修だけでことが足りた。
このため、1ヶ月も現場研修をするだけで、40人近い大工さんはツーバイフォーのプロに変身していただけた。 要は、40人近い大工さんを遊ばすことなく、常に仕事を与え続ければよい。 
私の仕事は、途中からコンスタントに仕事をとるという、営業へとシフトした。

そんなわけで、私は協会が行っているツーバイフォー技能者研修とか検定検査には疎かった。
しかし、北海道支部の運営を任されていた高倉氏などは、この技能者研修と検定検査が、次第に重要性を増してきていた。
職業訓練法に基づき、フレーマーの技能検定が2×4協会で始まったのは、ツーバイフォー工法がオープン化して6年もたった1981年から。 北海道支部のフレーマー技能検定試験は1年遅れの1982年からで、年度毎の合格者の推移は下記のとおり。

1982年 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 
  8人     18    10    18   18    8   30   10   12   22   17   11  
1994年 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 
 19人    22   18    13    19    20    4     8    8     6   22  10  
2006年 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014
  7人    10    12     4    4     4    7    3    3    累計395人
ピークとなる30人の合格者を出した年は、応募者は100人で、合格率は30%。 単に学科試験だけでなく、寄棟の配付タルキを斜めカットをして 綺麗に納める技能実技が伴うので、どうしても合格率は30%台になってしまう。
そして、2008年に12人という合格者を出しているが、それ以降は合格者は1桁。 昨年と今年は3人ずつという淋しさ。 過去32年間に395人もの合格者を出しているが、今世紀に入っての15年間に出した合格者は112人。 半分近い年で28.4%しか合格者を出していない。

これは、どこまでも北海道支部だけの話ではなかった。
2x4協会がホームページで発表しているのは、平成元年(1989年)から平成24年(2012年)までの受験者数と合格者数。
http://www.2x4assoc.or.jp/builder/act/approval/approval01.html
2x4協会の報告では、1981年から北海道より2年短い2012年までの累計数は、受験者数は全国で9119人で、合格者数は2634人と発表している。 (合格率29%)
そのうち、今世紀に入っての13年間に合格者数は499人に過ぎず、北海道のように2013年と2014年の合格者を仮に100人とカウントしても599人。 今世紀に入っての合格者の比率は北海道より落ちて22.7%と言う数字にしかならない。
つまり、2x4がオープンして40周年を祝っているが、ツーバイフォーの大工さんは減少の傾向にあるのではないかと、この技能検定の数字から懸念される。

その懸念を裏付けるのが、2005年度に住宅保証機構が行ったアンケートに対する回答社・約3800社に及ぶ工務店の省エネ住宅に対する関心度調査。 
省エネに対する関心度はさておいて、この約3800社が受注している住宅の大きさは平均で40.5坪。 そして、注文住宅の受注戸数は9戸以下が80%を占めていて、受注金額は2億円以下。 
そして、大工さんの年齢は思ったよりも若く、50歳以下が78.6%を占めていた。
この数字がそれからの9年間でどう変わったかに関心が持たれるが、扱っている工法として挙げたのは3800社のうち木軸が96.9%。 鉄骨造が40.2%で、鉄筋コンクリート造が23.2%。
これに対して、ツーバイフォー工法を扱っている工務店はわずかに16.3%。
いずれにしても、これは9年前の資料は古すぎるが、一頃に比べてツーバイフォーの比率が落ちてきているように感じる。

これに対して、今年の1〜3月にかけて、国交省が行った最新の「中小工務店・大工業の実態調査」 がある。 
これもアンケート調査で、回答社は約2800社。
この2800社の工務店・大工業の平均新築住宅の受注戸数は5.3戸。 社員は平均4.4人で、常雇用社員・大工さんは1.4人。 社外大工さんで常にかかえているのが3.6人。
木質構造を主体に扱っている工務店数はハッキリしないが、ある統計によると2001年が9.3万社で、2009年には6.8万社に激減している。 そして、2014年にはおそらく5万社前後になっているのではないかという。

先に、ネットフォーラムで取上げた「財界・さつぽろ」による2013年の道民の 48業種に及ぶ賞与を含めた平均年収の推移。
主な15職種の年間平均所得(単位 万円)と、平均年齢を記すと以下のようになる。
   職  業      賞与を含めた年収      平均年齢
             2011年  2012年  2013年
@ 医    師    1291.5  1381.1  1170.7    43.1歳
A 大学の教授    939.4  836.4  980.5    57.7
B 高校の教員    666.7  593.6  666.8    45.4
C 1級建築士    458.5  517.3  563.1    52.9
D 薬  剤 師    464.7  550.1  536.4    39.0
E 看  護 師    479.3  438.5  480.7    38.0   
F 自動車外交販売員 422.3  386.6  449.9    41.0
Gシステムエンジニア 484.3  480.4  444.0    42.4
H 大型貨物運転者  362.1  411.7  429.6    45.1
I 電  気 工    399.6  449.2  393.5    43.1
J 板  金 工    316.4  339.2  357.2    44.9
K 製  材 工    316.7  265.4  345.3    41.4
L 大  工 業    340.9  390.0  240.3    61.3
M タクシー運転者  204.2  209.5  221.2    59.2
N ビル清掃員     206.9  200.0  201.0    55.0

これは、48業種を網羅しており、大変興味深い資料。
しかし、赤坂十勝2x4協会長の指摘にあったように、2013年は消費税の駆込み需要があった年で、大工業が前年に比べて150万円も年収が減ったとは どうしても考えられない。
これは、財界・さっぽろの統計の取り方に大きな手違いがあったのではないかと言う。
そして、北海道でのツーバイフォーの戸建住宅の請負価格は、42万円前後。
常用大工さんの実質手取り収入は、札幌・旭川で1.35〜1.7万円、帯広・函館では1.1〜1.3万円/日というのが常識だという。 
したがって、「どう考えても年収240万円というのは納得できない」 という。
しかし、大工の平均年齢が他の業種に比べて特別に高く、60歳を超えて61.3歳となっている。
これに対しては、反論するデータがなく、実態を認めるしかないのかもしれないと嘆く。
それにしても、アメリカの建築職人さんは金曜半ドンで週休2.5日制。
それで、1戸建てないしはオープンスペースが豊かなタンハウスに住めて、社会的な評価も高いジャニーマン。(1人前の職人さん)
日本の木軸を中心とする大工制度そのものが、根本的に問われているのではなかろうか。

さて、建て方のフレーマーは力仕事。 年配の大工さんは、その腕を活かして造作大工に変身することが可能。 しかし、フレーマーには、どうしても若い人材が欲しい。
しかし、先に見たように、日本のフレーマーの検定検査の合格者は年々減少を続けている。
このため、2つの方法がとられている。
1つは、パネル化という形での工場生産化であり、もう1つは外国人の若い建築労働者の導入。
このパネル化という面で、2つの大問題が発生している。
1つは、壁パネルが一体化したものとなっていない点。 この欠点を補うために北海道で広く採用されている2.5〜3.0間毎に金物工法による通し柱を建て、その間に2x4のパネルを嵌め込んでゆくという手法。 20年以上も前に高倉氏に、「北海道で構造認定を取って欲しい」 とお願いしたが、「北海道では当たり前のことで、ワザワザ構造認定をとるまでもない」 と言われ、そのままになってしまった。 
金物工法は、「金物を売ろう」 という意慾が強すぎて、いずれも過剰強度。 やたらと材積を食い過ぎていて安くならない。 木軸とツーバイフォーのパネルの一体化というポイントが、金物工法から見捨てられているのは、消費者の立場から言って大変悲しい事態。 是非とも、何とか再考してほしい。

もう一つは、床と屋根もパネル化されて、合板を千鳥張りするダイヤフラムの利点が等閑視されてきていること。 このために、ツーバイフォー工法の耐震性が落ちてきている。
私は構造設計に弱く、何%強度が落ちてきているかを、数値で表現することが出来ない。
しかし、壁倍率だけがのさばってきている現状には、深く嘆きたくなってくる。 

もう1つの外国人フレーマーの導入。
ご案内のように、第3次産業の極端な人材不足のために、外国人労働者の導入が凄い勢いで進んでいる。
統計によると、2006年は、@韓国・朝鮮 60万人 A中国 56万人 Bブラジル 31万人 Cフィリピン 19万人 Dペルー 6万人であった。
それが、2013年の昨年は、@が中国の65万人に変わり、A韓国・朝鮮 52万人。 そしてブラジルに変わってB位はフィリピン 21万人 Cブラジル 18万人 D位にベトナムが躍進して7万人となってきている。
住宅業界には、何社かがこのベトナムに働きかけているようだが、必ずしも成功しているとは言えない。
これに対して、フィリピンからフレーマーを導入して成功しているのが一条工務店の i-cube や i-smart。

私は、i-cube や i-smart は、ツーバイフォー工法としてカウントされているものだと信じていた。 たしかにカウントされているかも知れないが、確認申請上は個別認定のプレハブ工法として扱われているらしい。
同社の i-cube 及び i-smart に関しては、1階床組までは在来の木軸工法と同一。
フィリピン人のフレーマーがやるのは1階の壁組、2階の床及び壁組と、小屋掛けだけ。
フレーマーの管理と指導、それと日本における生活に関する一切の面倒は、日本人の大工さん出身者がチーム毎に行っているらしい。
ご案内のように、看護師などは日本の国家試験に合格しなければ日本で仕事をすることが出来ない。 この国家試験をクリアーするために 日本語をマスターすることが、大きな壁になってきている。
しかし、日本のフレーマー検査検定試験というのは、その資格を得なければ日本で働けないというほどの強制力は持っていない。 
一条工務店では、フィリピンでフレーマーの募集を行い、徹底した研修を行い、試験に合格した者だけを日本へ送っている。
だが、技術的に優れているからと言って、来日出来るわけではないようだ。
言葉や日本の文化、道徳、礼儀作法、仲間とのコミュニケーションも評価の対象になる。
つまり、日本の技能士とは異なった見方で適性が判断されている。

こうしたことを踏まえ、日本で建設業に携わる外国人の技術と処遇を改善してゆくということは、容易なことではない。
日本のフレーマーの検定制度を、そういったグローバルな立場で見直す必要が生じてきているのだと思う。


posted by uno2013 at 14:09| Comment(0) | 産業・経営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月20日

高倉氏の葬儀。R-2000住宅に触れる人がなかったのが残念



昨日、高倉俊明氏葬儀に参列してきた。
昨日は大安。 忙しい業界人は前夜の通夜に参列したようだが、所要があって私は通夜には参列出来ず、昨日は3時半に起き、6時25分の飛行機で駆けつけ、やっと間に合った。 
そして、十勝から泊まりがけで参列していた赤坂十勝2X4協会長をはじめ、多くの仲間と高倉氏の業績を偲ぶことが出来た。

今年、ツーバイフォーは 「オープン化40年」 を迎えた。
協会をはじめカナダのCOFI等でいろんな行事を行ってくれている。 
今年の春、高倉氏に会った時、「何とか盛大に40周年記念をやりたい。手伝ってくれないか」 と頼まれた。
しかし、言っていた40周年記念と言う内容ではなく、12月15日にホテル・ポールスター札幌で14:30〜17:00まで 「道産材と枠組壁工法」 というセミナーが計画されている。 道産材のツーバイフォーを使った場合に、住宅支援機構のフラット35の融資が優先的に受けられるようにしたのを記念したもので、有馬孝禮東大名誉教授の記念講演と、石井祐二、平井卓朗北大教授をはじめ、産業界の有志が参加したパネルデスカッションに期待が持たれている。

私が高倉氏と会ったのは、ツーバイフォーがオープン化される前で、44年前のこと。
彼の実家は札幌で建材販売店・よねくらを経営しており、後を継ぐべく東京の建材店に丁稚奉公に出されていた時のことだった。
北米のツーバイフォー工法の生産性の高さと価格の安さに目覚めた彼は、札幌へ帰って仲間作りを始めてくれた。 しかし、建材販売店の立場でいくら工務店に働きかけても、なかなか工務店は簡単に動いてはくれない。
つまり、いくら良いツーバイフォー工法であっても、「実際に建てて見せ、利益を出して見せない限り工務店は簡単には動けない」 ということを悟った。
そこで彼は、建材店とは別に、新規に「よねくらホーム」 というビルダーをベンチャー企業として立ち上げた。
そして、ツーバイフォー工法がオープン化した1974年に、「北の杜団地」 という48区画のツーバイフォー工法の分譲に乗出した。
土地の取得には、三菱商事の神保木材部長が資金面で全面的に支援。 
そして、北海道では初めてのタウンハウスを建設するなどして、札幌にツーバイフォー工法を根付かせてくれた。 
また、ツーバイフォー工法の北海道支部長としての活躍も目覚ましく、とくに十勝ツーバイフォー協会のフレーミング検査員として、毎年新しい指導者育成に出かけ、多大な貢献を果たしていた。

このように、北海道の初期のツーバイフォー工法の普及期には、高倉氏の存在を無視してツーバイフォーを語ることはできない。 
しかし、私にとってはッ―バイフォー工法の高倉氏という立場よりも、ツーバイフォー協会R-2000部会長としての氏の活躍の方が、はるかに大きく印象に残っている。
カナダの資源エネルギー省からR-2000住宅が日本へ紹介されたのは今から26年前の1988年。
このR-2000住宅というのは、紀元2000年までにカナダの全新設住宅のR値を20にしょうというもの。 Q値で言うならば1.3〜1.4Wという高性能にしょうというもの。
札幌のたかくらホームと仙台の北洲ハウジングでは、1988年の時点で、カナダ大使館から資料をもらい、いち早くR-2000住宅に着手していた。 
この両社の活躍ぶりに動かされて、私が関東地域で初めてQ値1.4W、C値0.9cu/uという高気密高断熱住宅に取組んだのが翌1989年。
日本の高気密高断熱住宅は、このR-2000住宅をもって嚆矢とする。

そして、高倉氏に尻を叩かれて、日本の環境にマッチした 「R−2000住宅の設計・施工マニュアル」 を完成させ、建設大臣認定制度として、ツーバイフォー協会の正式な事業として軌道にのせたのが23年前の1991年。
このR-2000住宅は、当初は価格が高く、なかなか軌道にのせることが出来なかった。
しかし、日本とカナダで連続7回に亘るワークショップの開催で、高気密高断熱と、換気に関する共通の理解が深められてきた。 そして、断熱材とPVCのペア・ガラスの供給体制がやっと揃い、日本によねくらホーム、北洲ハウジング、ハーティホーム、マイスターハウスなどの専業住宅業者がスクスクと育ってきた。
片手間でやっていたのでは、お客満足度が得られない。 「専業ビルダーの存在なくして高気密高断熱住宅はあり得ない」 ということが、誰の目にも明らかになり、年間500棟以上のR−2000住宅が提供されるようになった。
しかし、何でも屋だったツーバイフォーの大手住宅メーカー。
三井ホーム、三菱地所ホーム、東急ホームは、何でも屋であるがために、施工を代理店に任せていた。 このため、C値0.9cuという気密性能が担保出来なかった。
完成時に気密テストをすると、いづれも0.9cuをオーバーして、大きなクレームを抱える破目になった。 このため、ツーバイフォー大手メーカーのR-2000住宅離れが進んだ。

折しも、建設大臣認定制度が廃止され、三井ホームの働きかけで協会の専務理事がR-2000住宅に反旗を翻して、カナダ政府の無償行為に後足でドロをかけてしまった。
こうした大手住宅メーカーの謀反行為もあって、R−2000住宅がツーバイフォー協会の認定事業に格上げされてから7年目の1998年に、心痛も重なって、高倉氏は肺ガンを患い入院を余儀なくされた。
ただ、不幸中の幸いだったのは、看護婦の妹の示唆で手術を避けたこと。
だが、トップの入院というアクシデントに見舞われたことで、よねくらホームから次第に生気が失われていった。 
彼が復帰した2000年の年末に札幌へ呼び出されて、銀行筋を一緒に回らせられた。 しかし、効果がなく、翌2001年の1月によねくらホームは閉鎖に追い込まれた。

そして、高倉氏はビルダー時代に築いた人脈を生かして、一時は北海道電力に勤めていたが、2005年には 「北海道住宅の会」 を発足させ、自ら事務局長兼専務理事として、道材によるツーバイフォー材の開拓に渾身の努力を払ってきた。
その一つの成果として、「道材によるツーバイフォー工法への、フラット35の優先的採用」 という成果を今年の秋に獲得している。
そこで、氏の寿命が尽きた。
「法名 光明院釈俊雄」 に合掌。


弔辞を読む北海道住宅の会林理事長.JPG

写真は、弔辞を述べる北海道住宅の会・林理事長。



posted by uno2013 at 14:46| Comment(0) | 産業・経営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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