増田寛也著 「地方創生ビジネスの教科書」(文芸春秋 1200円+税)
今年早々に、増田寛也著の 「地方消滅」 という大変ショッキングな中公新書を、独善的な週刊書評欄で紹介した。
そしたら、岩波新書が早速これに噛みついて、春には小田切徳美氏の 「農山村は消滅しない」 という著書を刊行し、秋には大江正章氏の 「地域に希望あり」 を刊行した。
小田切氏の著作は駄作そのものだったが、好意的に4月3日付の週刊書評欄で取上げ、大江氏の意見はごく最近の9月12日付の同じ書評欄で、高松市の丸亀商店街に絞って紹介したばかり。
岩波新書は、体制反対派に軒先を貸しているということもあり、増田寛也氏の提言の意義を正しく理解しょうとしてはいない。 そして、反対意見ばかり集めて、自虐的に喜んでいるきらいがある。 これでは、まったく前進がない。
こうした反対派の動向を知っていたかのように、「地方を消滅させないためには、今 何をしなければならないか」 を真正面から取上げたのがこの著書。
空理空論ではなく、全国10ヶ所の成功例を取上げているのが憎い。 この10ヶ所の成功例のうち、佐藤可士和氏の「今治タオル 奇跡の復活」 は、昨年の12月26日付の週刊書評欄で取上げているので、今回は省略させていただく。
そして、本来は2〜3ヶ所に絞って紹介すべきだが、今回に限って残り9ヶ所全部を取上げたいと考えた。 当然のこととして、内容が薄くなり、上っ面だけの紹介になってしまう。 それでも、全部を取上げたいという意慾が強かった。 その点を、事前に断っておきたい。
●山形・鶴岡市の大学バイオ・ベンチャーの 「ハイテク蜘蛛の糸開発」。
日本海に面している鶴岡市は、2001年にバイオこそこれからの市が目指す方向だと定めた。 そして、市で膨大な土地を用意して、慶応大・先端生命科学研究所を設立し、バイオの最先端の富田教授を所長に迎えた。
その富田教授の愛弟子の関山氏は、直径1センチの太さで巣を張れば、離陸するジャンボ機を受止めることが出来ると言う強靭な 「蜘蛛の巣」 を開発して、10年前にバイオベンチャー 「スパイパー」 を設立させている。 そして、2009年にはベンチャー・キャピタルから3億円の資金を調達して設備投資を行ない、月産100キログラムの蜘蛛の巣の生産が可能になり、社員も85人にまで増えてきている。
用途は、衝撃に対して強靭なことから、自動車、飛行機、船、電子機器、防弾チョッキをはじめとした衣料と、多彩な用途に採用される可能性を秘めている。
そして、原料が石油化学ではなく、蛋白質から成っており、資源的にも大きな可能性を持っているのが、なんとも心強くなってくる。
●宮城・山基町の、新市場を切り開く 「IT高級イチゴ」。
仙台市から南に40キロ。 最南端の太平洋沿いの山元町は、イチゴと自動車部品を主産業とする小さな町。 3.11の津波で130軒あったイチゴ農家の9割が被災。
この町出身の岩佐君。 ITコンサルタントなどをしていたが、故郷が被災したので救援物資を積んで駆けつけた。 そしたら壊滅状態。 たまたまイチゴ農家に派遣された。 そこで見た農家の仕事振りは旧態以前のまま。 これでは絶対に復興は出来ないと、イチゴ名人の橋元氏に弟子入りして、ITを活かしたイチゴ生産に取組む。
橋元氏のツテで、ハウス2棟の用地が借りられ、JAから資材を提供も得られた。 そして、2012年には何とかイチゴは生産出来た。 しかし、水とか二酸化炭素や温湿度のコントロールの重要性に気が付き、オランダ視察に出かけた。 その結果、固定費ビジネスを作り上げる重要さや、ITを駆使して生産性を高める必要性を痛感。 しかし農業では、1つの仮説を立てても、それを実正するのに農業では1年間はかかってしまう。 どうしたら良いかと迷っていた時にひらめいた。 100軒の農家からデータを貰えば、100年分のデータが1年で揃えられる。
こうして、研究所と協力して、温湿度、二酸化炭素濃度、日射量、冠水量、施肥量などのデータを積み上げた。 また1粒イチゴの開発や、傷ついたイチゴを使ったワインの開発などにも力を注いだ。 一方、伊勢丹やインドなどにプラチナ・イチゴの売込みにも成功し、わずか4年間で日本を代表するイチゴ町へ変身させているから驚く。
●福井・鯖江市の、「眼鏡のまち」 から 「オープンデーターのまち」 へ。
鯖江市は、「眼鏡のまち」 として知ら人はいない。 国内の9割、世界の2割のシェアを持っていた。 その鯖江市が中国などに追い上げられ、需要はピーク時の55%減という。
その鯖江市が牧野市長のバックアップで、日本では最先端を行くオープンデーターのまち とともに、「電脳メガネ」 の実現に向けて、まい進している。
市の前途に危機感を持った牧野市長は、2006年にITを使って市を蘇生出来ると考えた。 民間側の福野氏などの意見を入れて、鯖江市のデータのほとんどが公開されている。
トイレ、避難施設、駐車場、AED、消火栓の位置、コミュニティバスの運行情報や位置データに関わるもののほかに、気候、降雪量、人口統計、文化財、市議会関係など、バリエーションに富んでいる。 そして、ウェブアプリの数はすでに60を越えているという。
全国の学生を対象にした 「鯖江市活性化コンテスト」 も実施して、すでにいくつかの成果を上げている。 また、電動メガネの開発を目的としたメガネとITが融合したウェアラブル末端も 開発中という。
●栃木・宇都宮市の、「道の駅再生」 や 「大谷石採石地底を利用したツアーやレストラン」。
宇都宮市は市制100周年記念として、1996年に東京ドーム10個に相当する広い土地に、市民農園、地ビール醸造工場、レストラン、温泉などが入った総合施設や、道の駅 「ろまんちっく村」 を第3セクターとして開園した。
しかし、2007年に運営がうまく行かず、第3セクターそのものが解体された。 変わって経営を引受けたのは長野生まれのよそ者の松本さん。
よそ者に対する協力はなかなか得られなかったが、道の駅が軌道に乗り始めてきた。 とくに駅前のシャッター通りにアンテナショップを設けて成功させると、流れが変わった。
クラフトビールと夏のイチゴ栽培も成功した伝わると、次に持ち込まれたのが大谷石を採石した跡地の利用。
この難問も、地下にレストランを開設し、ツアー客を呼ぶ逆転の発想で見事にクリアー。 つまり誰も考えなかった大谷石の採石跡地を観光資源として活用した。
よそ者の松本さんは、粘り腰を活かして、まだまだ宇都宮の発展に貢献してゆくだろう。
●熊本・山江村の、「献上栗のブラインド復活作戦」。
私だけではなく、「やまえクリ」 の存在を知っている人は皆無だと思う。 しかし、昭和天皇は、「やまえクリの大ファン」 だった。 今から38年前の1977年に、昭和天皇への献上栗に指定された。 このため、村には 「3L会」 が組織されたという。
この3Lというのは、大きさの単位。 つまり、S、M、L、2L、3Lという一番大きなクリを指す。
つまり、やまえクリは一番大きくて味が良いということ。
やまえクリといっても、どこにでもある 「利平栗」 の一種で、特別に変わった栗ではない。
ただ、日当たりの良さとか、どれだけ剪定するか、下草の刈り取りや 傷がつかない取入れとその日のうちの出荷が、大きく味に影響する。
その 「やまえクリ」 が1992年の12市町村のJAが3つに合体する時に 「やまえ農協」 がなくなり、自然に 「やまえクリ」 も姿を消してしまった。
その 「やまえクリ」 を復活させたのは、リーマンショックで会社を解散させた地元の中竹さん。 渋皮煮で味を復活させ、積極的にチャンスを見つけて東京などで営業に励んた。
そして、「ななつほし」 や 「JALファーストクラス」 にも採用され、高いものは1粒2000円で売れたという。 やまえ堂はまだ年商8000万円で、取引農家は140軒。 これからが勝負というところ。
●和歌山・北山村の、「日本一人口が少ない村が 《じゃばら》 で大儲け」。
紀伊半島の南部に位置し、村の人口は460人で、日本一小さな村。 和歌山のどの市町村とも接しておらず、文字通り飛び地。 この村に日本一不味いミカン 「じゃばら」 がある。
現村長の奥田氏がまだ助役だった頃に村としてホームページを立ち上げることになり、奥田氏は素人の池田さんに依頼した。 池田さんは見よう見真似でホームページを立ち上げ、たちまちネットショップにはまり込んでしまった。 そして、北山村のホームページでも「じゃばら」の直売を行なった。 しかし、予定したほど効果がなく、池田さんは自分が良く利用している 《楽天》 への出店を提案した。
楽天も大事だが、池田さんには気になるお客が一人あった。 それは、毎年20キロものじゃばらを買ってくれる島根在住の女性。 池田さんは、その女性のじゃばら購入動機を聞いてみた。 そしたら予想もしなかった答えが返ってきた。
「花粉症の息子に、日に1個のじゃばらを絞って飲ませると、症状が軽くなるのです」。
この答えを確認するため、1万人にアンケート調査を行った。 そしたら、「花粉症の症状が良くなった」 という答えが47%も占めた。
この記事を楽天で知った東京のテレビが放映してくれ、2005年には2億円を越える売上を記録するほど売れた。 しかし商法が改正され、じゃばらの持つ医学的効果がPR出来なくなった。
村では、筏下りなどの雇用確保と、住宅、子育て支援に力をいれており、460人をなんとかして600人にしたいと頑張っている。
●岡山・西粟倉村の、「森林・仕事・人を育てる森の学校」。
岡山県の最北端で、島根県と兵庫県に接している西粟倉村。
2004年の市町村合併で、同村は自立してゆくことを決めた。 といっても、村にある財産は「美作杉」 と 「美作檜」 の森しかない。 これを活用してゆくしかない。
そのため、2008年に 100年の森林構想」 を発表して、荒れた山に手を入れるなどのさまざまな活動を行い、これまでに50人の移住者を迎えている。
きっかけは2004年に総務省が始めた 「地域再生マネージャー事業」。 市町村に実務ノウハウを持ったマネージャーを最長3年間派遣して、その経費の一部を総務省が負担するというもの。
西粟倉村はこれに応募して、牧氏が派遣された。 全てはここからスタートする。
西粟倉村で、最初の仕事は 「木の里工房・木薫」 の設立。 つまり、木材を加工して出荷しないと、山には何も残らない。
その次の仕事は、日本で最初となる 「共有の森ファンド」 の設立。 いろいろ心配されたが、1口5万円で全国から出資を募ったら、400人から4000万円が集まった。
そして次は、村の総合商社として「森の学校」が設立され、牧氏が代表に選ばれた。
この森の学校は、村の森林組合や原木市場から木材を買い取って加工を施す製造所と、販売・企画・仲間を集めるツァー部門と、人材教育部門から成っている。
こうした多面的な動きが、人と仕事を呼んでいる。
●北海道・ニセコ町の、「観光協会の株式化とカリスマ外人の活躍」。
年間15万人の外国人の観光客が訪れる町として、ニセコはあまりにも有名。
最初はパウダースノーが有名になり、冬期に客が集中した。 しかし、オーストラリア人で、夏にゴムボートで尻別川を下る会社が設立され、夏のニセコのアウトドア・ブームが起きて、最近では冬期よりも夏期に訪れる人も多いという。
外国人だけではなく、日帰りの日本人客も多く、2014年は約160万人が訪れており、夏・冬とも80万人に及ぶという。
夏のニセコは登山、トレッキング、カヌー、乗馬、気球、ゴルフ、サイクリングなどが楽しめ、カナダへ行くよりも安くてしかも安全だという評価が高まってきている。 それに食事がおいしく、水もうまい。 ということで、ニセコはオセアニア諸国だけではなく、アジアを含めて最高のリゾート地になりつつある。
ニセコがこうした世界を代表するリゾート地になった裏には、「まちづくり町民講座」 で直接民主主義が確立したことが大きい。 メインストリート「綺羅街道」の景観を守るために、電線はすべて地下埋設にし、案内看板もガイドラインに沿うように義務づけている。
また、当初観光協会は役場の中にあったので、決定に時間がかかりすぎていた。 それが、ジョイント・セクター方式に変わり、決定が早くなった。 それに若い宿泊業者が観光改革の担い手になってきているのも大きい。
それと、雪崩の多いニセコでは、ニセコルールが完全に守られている。 つまり、「ゲート以外に出てはならない」 という厳しいルールが外国人にも完全に浸透している。
●島根・海土町の、「Iターン組が人口の10%を占める離島」。
島根半島の沖合60キロに浮かぶ隠岐諸島の中の島は、この島だけで海土町を構成している。
面積は約33平方キロメートル。 車で1時間半も走れば一周り出来るほどの小さな島。 1950年のピーク時には7000人近くいたが、今は1/3の2350人。
この超不便な町に2004年から2013年の10年間に、Iターン組が437人、Uターン組が204人も受け入れてきたというから驚く。 もっとも定着率は多の町と同じように6割程度。 それにしても、人口の10%がIターン組で占められるというのは、この町以外には見当たらない。
一番近い本州の港まで、フェリーで3時間もかかる。 そして日本海が荒れる冬には欠航もある。寒くて全身が凍えてしまう。 そんな島に、なぜ若者が惹かれるのだろうか?
受入れる山内町長は2005年から徹底して歳出削減に取組んでいる。 町長の収入は50%カット。課長は30%カットという。 不必要な経費を削ぎ落し、島まるごとブランド化に乗出している。
高校の廃校を止め、島で高校が卒業が出来るようにしてきている。 いや、最近では、島外からの入学も増えてきているという。
トヨタの自動車部を4年で止めて2008年にベンチャー「巡の環」を立ち上げた安部さんは、部下にこの町出身の女性から話を聞いて訪ねてきた。 そしてこの町の人々と話をしているうちに、いなかでも新しいチャレンジが出来る環境を備えていることを実感した。
そして、安部さんが移住を決断したのは、海土町が描いたビジョンだったという。 持続可能な未来を海土町は持っていると確信出来たから‥‥。
増田寛也氏は、「地方創生ビジネスのカギを握るのは、若者、ヨソ者、ITパワーだ」 と断言している。 この言葉で、10ヶ所の創生ビジネスを再度眺めると、納得させられる。 それだけ、再生ビジネスは、難しいと言える。 これをマスター出来れば、住宅産業も怖いもの知らずなれる。