2015年09月25日

地域創生ビジネスのあり方を、全国10の成功例から具体的に問う



増田寛也著 「地方創生ビジネスの教科書」(文芸春秋 1200円+税) 

増田.JPG

今年早々に、増田寛也著の 「地方消滅」 という大変ショッキングな中公新書を、独善的な週刊書評欄で紹介した。
そしたら、岩波新書が早速これに噛みついて、春には小田切徳美氏の 「農山村は消滅しない」 という著書を刊行し、秋には大江正章氏の 「地域に希望あり」 を刊行した。 
小田切氏の著作は駄作そのものだったが、好意的に4月3日付の週刊書評欄で取上げ、大江氏の意見はごく最近の9月12日付の同じ書評欄で、高松市の丸亀商店街に絞って紹介したばかり。
岩波新書は、体制反対派に軒先を貸しているということもあり、増田寛也氏の提言の意義を正しく理解しょうとしてはいない。 そして、反対意見ばかり集めて、自虐的に喜んでいるきらいがある。 これでは、まったく前進がない。
こうした反対派の動向を知っていたかのように、「地方を消滅させないためには、今 何をしなければならないか」 を真正面から取上げたのがこの著書。
空理空論ではなく、全国10ヶ所の成功例を取上げているのが憎い。 この10ヶ所の成功例のうち、佐藤可士和氏の「今治タオル 奇跡の復活」 は、昨年の12月26日付の週刊書評欄で取上げているので、今回は省略させていただく。
そして、本来は2〜3ヶ所に絞って紹介すべきだが、今回に限って残り9ヶ所全部を取上げたいと考えた。 当然のこととして、内容が薄くなり、上っ面だけの紹介になってしまう。 それでも、全部を取上げたいという意慾が強かった。 その点を、事前に断っておきたい。

●山形・鶴岡市の大学バイオ・ベンチャーの 「ハイテク蜘蛛の糸開発」。
日本海に面している鶴岡市は、2001年にバイオこそこれからの市が目指す方向だと定めた。 そして、市で膨大な土地を用意して、慶応大・先端生命科学研究所を設立し、バイオの最先端の富田教授を所長に迎えた。
その富田教授の愛弟子の関山氏は、直径1センチの太さで巣を張れば、離陸するジャンボ機を受止めることが出来ると言う強靭な 「蜘蛛の巣」 を開発して、10年前にバイオベンチャー 「スパイパー」 を設立させている。 そして、2009年にはベンチャー・キャピタルから3億円の資金を調達して設備投資を行ない、月産100キログラムの蜘蛛の巣の生産が可能になり、社員も85人にまで増えてきている。
用途は、衝撃に対して強靭なことから、自動車、飛行機、船、電子機器、防弾チョッキをはじめとした衣料と、多彩な用途に採用される可能性を秘めている。
そして、原料が石油化学ではなく、蛋白質から成っており、資源的にも大きな可能性を持っているのが、なんとも心強くなってくる。

●宮城・山基町の、新市場を切り開く 「IT高級イチゴ」。
仙台市から南に40キロ。 最南端の太平洋沿いの山元町は、イチゴと自動車部品を主産業とする小さな町。 3.11の津波で130軒あったイチゴ農家の9割が被災。
この町出身の岩佐君。 ITコンサルタントなどをしていたが、故郷が被災したので救援物資を積んで駆けつけた。 そしたら壊滅状態。 たまたまイチゴ農家に派遣された。 そこで見た農家の仕事振りは旧態以前のまま。 これでは絶対に復興は出来ないと、イチゴ名人の橋元氏に弟子入りして、ITを活かしたイチゴ生産に取組む。
橋元氏のツテで、ハウス2棟の用地が借りられ、JAから資材を提供も得られた。 そして、2012年には何とかイチゴは生産出来た。 しかし、水とか二酸化炭素や温湿度のコントロールの重要性に気が付き、オランダ視察に出かけた。 その結果、固定費ビジネスを作り上げる重要さや、ITを駆使して生産性を高める必要性を痛感。 しかし農業では、1つの仮説を立てても、それを実正するのに農業では1年間はかかってしまう。 どうしたら良いかと迷っていた時にひらめいた。 100軒の農家からデータを貰えば、100年分のデータが1年で揃えられる。
こうして、研究所と協力して、温湿度、二酸化炭素濃度、日射量、冠水量、施肥量などのデータを積み上げた。 また1粒イチゴの開発や、傷ついたイチゴを使ったワインの開発などにも力を注いだ。 一方、伊勢丹やインドなどにプラチナ・イチゴの売込みにも成功し、わずか4年間で日本を代表するイチゴ町へ変身させているから驚く。

●福井・鯖江市の、「眼鏡のまち」 から 「オープンデーターのまち」 へ。
鯖江市は、「眼鏡のまち」 として知ら人はいない。 国内の9割、世界の2割のシェアを持っていた。 その鯖江市が中国などに追い上げられ、需要はピーク時の55%減という。
その鯖江市が牧野市長のバックアップで、日本では最先端を行くオープンデーターのまち とともに、「電脳メガネ」 の実現に向けて、まい進している。
市の前途に危機感を持った牧野市長は、2006年にITを使って市を蘇生出来ると考えた。 民間側の福野氏などの意見を入れて、鯖江市のデータのほとんどが公開されている。
トイレ、避難施設、駐車場、AED、消火栓の位置、コミュニティバスの運行情報や位置データに関わるもののほかに、気候、降雪量、人口統計、文化財、市議会関係など、バリエーションに富んでいる。 そして、ウェブアプリの数はすでに60を越えているという。
全国の学生を対象にした 「鯖江市活性化コンテスト」 も実施して、すでにいくつかの成果を上げている。 また、電動メガネの開発を目的としたメガネとITが融合したウェアラブル末端も 開発中という。

●栃木・宇都宮市の、「道の駅再生」 や 「大谷石採石地底を利用したツアーやレストラン」。
宇都宮市は市制100周年記念として、1996年に東京ドーム10個に相当する広い土地に、市民農園、地ビール醸造工場、レストラン、温泉などが入った総合施設や、道の駅 「ろまんちっく村」 を第3セクターとして開園した。
しかし、2007年に運営がうまく行かず、第3セクターそのものが解体された。 変わって経営を引受けたのは長野生まれのよそ者の松本さん。
よそ者に対する協力はなかなか得られなかったが、道の駅が軌道に乗り始めてきた。 とくに駅前のシャッター通りにアンテナショップを設けて成功させると、流れが変わった。
クラフトビールと夏のイチゴ栽培も成功した伝わると、次に持ち込まれたのが大谷石を採石した跡地の利用。
この難問も、地下にレストランを開設し、ツアー客を呼ぶ逆転の発想で見事にクリアー。 つまり誰も考えなかった大谷石の採石跡地を観光資源として活用した。 
よそ者の松本さんは、粘り腰を活かして、まだまだ宇都宮の発展に貢献してゆくだろう。

●熊本・山江村の、「献上栗のブラインド復活作戦」。
私だけではなく、「やまえクリ」 の存在を知っている人は皆無だと思う。 しかし、昭和天皇は、「やまえクリの大ファン」 だった。 今から38年前の1977年に、昭和天皇への献上栗に指定された。 このため、村には 「3L会」 が組織されたという。
この3Lというのは、大きさの単位。 つまり、S、M、L、2L、3Lという一番大きなクリを指す。
つまり、やまえクリは一番大きくて味が良いということ。
やまえクリといっても、どこにでもある 「利平栗」 の一種で、特別に変わった栗ではない。
ただ、日当たりの良さとか、どれだけ剪定するか、下草の刈り取りや 傷がつかない取入れとその日のうちの出荷が、大きく味に影響する。
その 「やまえクリ」 が1992年の12市町村のJAが3つに合体する時に 「やまえ農協」 がなくなり、自然に 「やまえクリ」 も姿を消してしまった。
その 「やまえクリ」 を復活させたのは、リーマンショックで会社を解散させた地元の中竹さん。 渋皮煮で味を復活させ、積極的にチャンスを見つけて東京などで営業に励んた。
そして、「ななつほし」 や 「JALファーストクラス」 にも採用され、高いものは1粒2000円で売れたという。 やまえ堂はまだ年商8000万円で、取引農家は140軒。 これからが勝負というところ。

●和歌山・北山村の、「日本一人口が少ない村が 《じゃばら》 で大儲け」。
紀伊半島の南部に位置し、村の人口は460人で、日本一小さな村。 和歌山のどの市町村とも接しておらず、文字通り飛び地。 この村に日本一不味いミカン 「じゃばら」 がある。
現村長の奥田氏がまだ助役だった頃に村としてホームページを立ち上げることになり、奥田氏は素人の池田さんに依頼した。 池田さんは見よう見真似でホームページを立ち上げ、たちまちネットショップにはまり込んでしまった。 そして、北山村のホームページでも「じゃばら」の直売を行なった。 しかし、予定したほど効果がなく、池田さんは自分が良く利用している 《楽天》 への出店を提案した。
楽天も大事だが、池田さんには気になるお客が一人あった。 それは、毎年20キロものじゃばらを買ってくれる島根在住の女性。 池田さんは、その女性のじゃばら購入動機を聞いてみた。 そしたら予想もしなかった答えが返ってきた。
「花粉症の息子に、日に1個のじゃばらを絞って飲ませると、症状が軽くなるのです」。
この答えを確認するため、1万人にアンケート調査を行った。 そしたら、「花粉症の症状が良くなった」 という答えが47%も占めた。
この記事を楽天で知った東京のテレビが放映してくれ、2005年には2億円を越える売上を記録するほど売れた。 しかし商法が改正され、じゃばらの持つ医学的効果がPR出来なくなった。
村では、筏下りなどの雇用確保と、住宅、子育て支援に力をいれており、460人をなんとかして600人にしたいと頑張っている。

●岡山・西粟倉村の、「森林・仕事・人を育てる森の学校」。
岡山県の最北端で、島根県と兵庫県に接している西粟倉村。
2004年の市町村合併で、同村は自立してゆくことを決めた。 といっても、村にある財産は「美作杉」 と 「美作檜」 の森しかない。 これを活用してゆくしかない。
そのため、2008年に 100年の森林構想」 を発表して、荒れた山に手を入れるなどのさまざまな活動を行い、これまでに50人の移住者を迎えている。
きっかけは2004年に総務省が始めた 「地域再生マネージャー事業」。 市町村に実務ノウハウを持ったマネージャーを最長3年間派遣して、その経費の一部を総務省が負担するというもの。
西粟倉村はこれに応募して、牧氏が派遣された。 全てはここからスタートする。
西粟倉村で、最初の仕事は 「木の里工房・木薫」 の設立。 つまり、木材を加工して出荷しないと、山には何も残らない。
その次の仕事は、日本で最初となる 「共有の森ファンド」 の設立。 いろいろ心配されたが、1口5万円で全国から出資を募ったら、400人から4000万円が集まった。
そして次は、村の総合商社として「森の学校」が設立され、牧氏が代表に選ばれた。
この森の学校は、村の森林組合や原木市場から木材を買い取って加工を施す製造所と、販売・企画・仲間を集めるツァー部門と、人材教育部門から成っている。
こうした多面的な動きが、人と仕事を呼んでいる。

●北海道・ニセコ町の、「観光協会の株式化とカリスマ外人の活躍」。
年間15万人の外国人の観光客が訪れる町として、ニセコはあまりにも有名。
最初はパウダースノーが有名になり、冬期に客が集中した。 しかし、オーストラリア人で、夏にゴムボートで尻別川を下る会社が設立され、夏のニセコのアウトドア・ブームが起きて、最近では冬期よりも夏期に訪れる人も多いという。
外国人だけではなく、日帰りの日本人客も多く、2014年は約160万人が訪れており、夏・冬とも80万人に及ぶという。
夏のニセコは登山、トレッキング、カヌー、乗馬、気球、ゴルフ、サイクリングなどが楽しめ、カナダへ行くよりも安くてしかも安全だという評価が高まってきている。 それに食事がおいしく、水もうまい。 ということで、ニセコはオセアニア諸国だけではなく、アジアを含めて最高のリゾート地になりつつある。
ニセコがこうした世界を代表するリゾート地になった裏には、「まちづくり町民講座」 で直接民主主義が確立したことが大きい。 メインストリート「綺羅街道」の景観を守るために、電線はすべて地下埋設にし、案内看板もガイドラインに沿うように義務づけている。
また、当初観光協会は役場の中にあったので、決定に時間がかかりすぎていた。 それが、ジョイント・セクター方式に変わり、決定が早くなった。 それに若い宿泊業者が観光改革の担い手になってきているのも大きい。
それと、雪崩の多いニセコでは、ニセコルールが完全に守られている。 つまり、「ゲート以外に出てはならない」 という厳しいルールが外国人にも完全に浸透している。

●島根・海土町の、「Iターン組が人口の10%を占める離島」。
島根半島の沖合60キロに浮かぶ隠岐諸島の中の島は、この島だけで海土町を構成している。
面積は約33平方キロメートル。 車で1時間半も走れば一周り出来るほどの小さな島。 1950年のピーク時には7000人近くいたが、今は1/3の2350人。
この超不便な町に2004年から2013年の10年間に、Iターン組が437人、Uターン組が204人も受け入れてきたというから驚く。 もっとも定着率は多の町と同じように6割程度。 それにしても、人口の10%がIターン組で占められるというのは、この町以外には見当たらない。
一番近い本州の港まで、フェリーで3時間もかかる。 そして日本海が荒れる冬には欠航もある。寒くて全身が凍えてしまう。 そんな島に、なぜ若者が惹かれるのだろうか?
受入れる山内町長は2005年から徹底して歳出削減に取組んでいる。 町長の収入は50%カット。課長は30%カットという。 不必要な経費を削ぎ落し、島まるごとブランド化に乗出している。
高校の廃校を止め、島で高校が卒業が出来るようにしてきている。 いや、最近では、島外からの入学も増えてきているという。
トヨタの自動車部を4年で止めて2008年にベンチャー「巡の環」を立ち上げた安部さんは、部下にこの町出身の女性から話を聞いて訪ねてきた。 そしてこの町の人々と話をしているうちに、いなかでも新しいチャレンジが出来る環境を備えていることを実感した。
そして、安部さんが移住を決断したのは、海土町が描いたビジョンだったという。 持続可能な未来を海土町は持っていると確信出来たから‥‥。

増田寛也氏は、「地方創生ビジネスのカギを握るのは、若者、ヨソ者、ITパワーだ」 と断言している。 この言葉で、10ヶ所の創生ビジネスを再度眺めると、納得させられる。 それだけ、再生ビジネスは、難しいと言える。 これをマスター出来れば、住宅産業も怖いもの知らずなれる。


posted by uno2013 at 13:55| Comment(0) | 産業・経営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月20日

冬期の「過乾燥対策」と、夏期の「高温多湿対策」 (づづき)



もう一度、2010年8月10日付の 「相対湿度と快適性に関するいくつかの疑問と仮説」 (上) を開き、最後の方に掲載してある ASHRAE (全米空調・冷凍学会) の 「相対湿度と微生物などとの相対関係」 の図を、見て頂きたい。
この図をみると、冬期のウィルスや呼吸疾患は、相対湿度が50%を下回った時に起こる。
逆に夏のダニは、相対湿度が50%を越えたむ時に、カビは相対湿度が60%を越えた時に発生することがよくわかる。
30年前に、ドイツで開業医をやっている人に聞いてビックリしたことがある。
「ドイツなどヨーロッパでは、冬期の暖房対策が進んできて、冬期の雨期にダニやカビの発生による被害が、社会問題になってきている‥‥」 との発言。
ダニカビ問題は、日本では夏の問題であった。 カビが生ずると、これをエサにするダニが日本では大量に湧いてくる。 したがって、台所・浴室・トイレなどの水回りを清潔にすることが肝心だと教わってきた。
ところが、浴室などが暖かくなったヨーロッパでは、冬期にダニ、カビが大問題になってきているというのだ。
「日本の高気密・高断熱住宅でも、冬でもうかうかしておれない」 とその時には感じた。

しかし、表日本の冬期は、過乾燥が大問題。 ヨーロッパのように、冬期は相対湿度が高くはならない。
したがって、冬期にダニの発生を心配する必要は、一切ない。
ただ、冬期にはサッシのガラスに結露が生じるので、カビのことは若干心配になった。
つまり、ガラスの結露が壁の中や木部に移動して木部を腐らせるのではないかという心配。
この心配は、ダブルサッシの普及で解決された。 しかし、ダブルサッシでは、和室の障子付きサッシに結露が生じるので、どうしても45%以内に抑えることが必須条件に。 冬期は50%にすることは、サッシ面から抑えられてきた。
しかし、トリプルサッシが出回って、冬期相対湿度50が可能になり、風邪に弱い幼児や年寄りにウィルスや呼吸疾患が生じない50%の相対湿度が可能になってきた。
たしかに、デシカの機能は優れている。 全館の相対湿度を24時間50%に維持してくれる。
しかし、そのためのランニングコストは無視できない。

これは、確言出来ないが、全館はランニングコストの安い透湿膜加湿方式を採用し、40%程度に維持しておいた方が、生活しやすく、静電気も起きない。 そして、造作材や壁・天井材のメンテナンス費がほぼフリーになってくれる。
そして、幼児やお年寄りが風邪を引いた時は、その部屋だけの相対湿度を50〜55%に上げてあげるだけで良いのではなかろうか。  
どこまでも、サッシの結露対策を検討した上で、ではあるが‥‥。 
全館を、冬期は50%にする必要性はことさらないというのが、最近の私の考え。

同じことで、夏期の全館の温度は25〜26℃で、想定湿度は55%程度で我慢する方がよいのではないかと、最近では考えている。
この温度と相対湿度では、大抵の場合は男性が我慢ができなくなる。 その場合は、男性の脇に扇風機を置けばよい!!
Sa邸では、27〜28℃で、相対湿度は40%前後で生活している。 このため非常に快適で、外でかいた汗も、家の中に入ると あっという間にひっこんでしまう。 
それどころか、わが家での実験で、「私個人の快感度を言うならば、32℃で相対湿度が30%の方が、はるかに快適だ!!」 と断言してきた。 つまり、冷房費の方が、デシカによる除湿費よりもはるかに高いと信じていた バカげた考え。
ランニングコストのことは、正しく考慮していない上での発言‥‥。
つまり、廃熱ドライ方式のセントラル空調機を1台入れ、安い2万円前後のデシカ方式の簡易乾燥機を1〜3台程度購入して頂き、面倒だが水が溜まれば捨てて頂く方が、ランニングコストが安く上がるのではないか、と考えるようになってきている。 

しかし、金属製パイプの中に冷水を巡回させ、金属の表面に結露を起こさせて、これを排水することによって夏期の相対湿度を下げると言う新しい試みが、数ヶ所でなされてきている。
これは、今年からデータ取りが始まったばかりで、来年の夏をすぎないと採用可能か否かの評価を下すことは難しい。

それと、夏期のダニ対策として、NHKの「試してガッテン」では、布団を天日に干しても、ダニは裏の温度の低い方に逃げてしまうので、効果がないと言っていた。
50℃以上の温度が1分間続けばダニは死んでしまう。
したがって、ベランダに干すよりは、炎天下の自動車の中に、布団や枕、毛布などを入れておけば、ダニは全滅すると言っていた。

それと、数日前には25℃で、相対湿度が40〜45%の日が半日以上続いた。
今日の午前中は、室温が25〜26℃で、相対湿度が48〜51%。
ダニは相対湿度が50%ないとASHRAEは死滅すると書いている。
このため、4時間以上、押し入れの中に扇風機を最大にして外気を送り込んでいるが、はたして成果や如何に‥‥。
といっても、私は古い人間で、花粉症やダニなどで困ったことは一度もない。
ただ、より快適に過ごせれば‥‥と、慾をかいただけのこと。


posted by uno2013 at 16:31| Comment(0) | 産業・経営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月15日

高気密・高断熱の空調換気システムは根源的な問題に遭遇している (下)


皆さんにお願いしたい。
私のホームページの上に、古いブログが掲載されている。
その中から、2010年8月10日付の 「相対湿度と快適性に関するいくつかの疑問と仮説」 (上) を開き、最後の方に掲載してある ASHRAE (全米空調・冷凍学会) の 「相対湿度と微生物などとの相対関係」 の図を、もう一度見て頂きたい。
この図を最初にカナダ大使館館から貰ったのは、30年も前のこと。
つまり、R-2000住宅に取組む時に、カナダ大使館から 「R-2000住宅というのは、単に冷暖房を節減することが目的ではなく、広く温湿度をコントロールして、相対湿度を40〜60%以内に収め、快適で健康な住環境を提供することが大きな目的です」 と教えられた。
以来、チャンスがある度にこの図を掲載してきたので、もう見飽きた方も多いはず。
正直なところ、私も見飽きていた。
「相対湿度を、40〜〜60%に抑えさえすれば良いのだ」 と。

そして、各社のいろんな実験住宅による年間を通じた温湿度や換気に関するデーターを貰った。
中で優れていたのは、茨城のSi邸と杉並のSa邸。
茨城のSi邸は、ダイキンが顕熱交の生産を止めたので、一条工務店が仕様書発注した換気専用機の全熱交を、了解を貰ってセントラル空調・換気システム用に採用したもの。
そのために、わざわざリターンダクト内に光触媒を入れて、カナダやヨーロッパの先進国並に浴室・トイレ・台所・シューズルームなどのダーディゾーンから24時間排気するシステムに改変させた画期的なもの。
しかし、ダイキンが透湿膜による加湿システムを放棄したので、いかに浴室・トイレ・台所など水回りからの換気を行っても、冬期は40%以下という数値でしかなかった。 つまり加湿不足。
それと、夏期は室温が25℃と低く、相対湿度も60%程度で、快適性が著しく悪かった。 このためにSiさんにことわって、空調機を再熱除湿のアメニティ・ビルトインに変えてもらい、なんとか夏もそれなれに快適さは保てたが、理想とはほど遠いものだった。
したがって、私はこの全熱交によるロスガード90を採用している一条工務店を、未だに信用出来ないでいる。

そして、Siさんは、2007年の11月から、2009年の10月まで、2年間に亘る冷暖房の空調代と換気にかかったコスト代の貴重なデーターをとって頂いた。 2009年の6月から再熱ドライに切替えられたが、約40坪の家での消費電力は、約2kWh/u。
40坪の家に換算し、仮に電気代を23円/kWhとすると、年間7.3万円ということになる。
この数字が高いとか安いとかの議論はあろう。 だが、Q値が0.9〜1.0Wを切る北関東の住宅で、セントラル空調換気システムで、24時間連続運転でこの価格だから、私は安いと思う。
ただし、勤めておられるSiさんには、空調と換気費用の数値を取って頂くだけで目一杯。
本来は、室内外の温度と湿度の記録も欲しかったが、このデータを得るにはメーカーに依頼するしかない。
場所が茨城なので、ダイキンにムリをいうことが出来なかった。

そして、杉並のSa邸の場合は、途中でSi邸同様に再熱ドライのアメニティ・ビルトインに変えて貰ったが、ダイキンがビル用の除加湿機能付きのデシカを売出したので、メーカーに頼んで特価でビル用の500u/h の機種を納入して貰った。
なにしろSa邸は地下室を持っており、小屋裏の機械室を含めると84.8坪と大きな家。 住宅用の250uのモノでは間に合わず、ビル用をそのまま据え付けて貰った。
そして、ダイキンは2010年8月から2011年8月まで、1年余に亘って綿密なデータを取ってくれた。
これ以外でも、仙台の北洲の施主邸2戸にも、250uの機種を取りつけて、綿密なデータ取りをやってくれていた。
そのデータを貰いながら、私は性能面のみに関心を持ち、肝心のデシカのランニングコスト高を見逃していた。
何しろ、当時はトリプル・サッシがなく、冬期に相対湿度を45%以上に設定すると、和室の障子入りのサッシに結露が生じた。 このため、冬期の室温は22℃前後で、湿度は40〜45%という形が多かった。 東京では、外気の相対湿度が10%を切ることが多く、12月の後半から1月一杯は5%も割ってしまう。 それなのに、室内では40〜45%を維持できたということは、やはりデシカの加湿力はただものではない。 絶対湿度で言うならば8グラム強というところ。
このように、冬期の湿度が高く維持出来たので、思わぬメリットが生じてきた。
何度も書いているので気が引けるが、それはドア枠などの造作材や壁材が収縮しないので、メンテナンスが不要になった。 これは、予想外の収穫。
ともかく、窓を開けなくても家の中で洗濯物が乾き、布団を天日干しにする必要もない。
つまり、窓を一切空けずに生活出来るので、外部の騒音やホコリが一切入ってこない。 このため、電気掃除機を用いたり、雑巾がけは1週間に1度で十分。 これほど奥さん孝行の住宅が、今まであっただろうか?

そして、中間期は相対湿度が50%を越え、60%近くになる日はある。 しかし、温度が25〜26℃以下になると、ほとんどの人は相対湿度のことを忘れてしまう。 梅雨時で、よほど相対湿度が高くならない限り、人々は相対湿度には疎くなってくる。
そして、真夏には40%近くまで簡単に相対湿度を落とせる。
このために、27〜30℃で十分に生活が出来る。 
真夏にSa邸を訪れると、途中で大量の汗をかく。 しかし、Sa邸に入れば、温度は30℃近くなのに汗が引っ込み、うたた寝したくなってくるほどの快適さ‥‥。 この快適さにつられて、私はつい今しがたまで、デシカのランニングコストのことは忘却していた。
いや、ある程度は除加湿にカネがかかることは知っていたが、Q値を少し良くすれば、暖冷房費の空調費がほとんど不要になるので、お釣りがくると考えていた。
そして今までは、「何とか30万円台でビルダーの手に渡るようにしたい」 との発言を信じて、定価が100万円以上と高いという 《イニシァルコスト高》 だけを問題にしてきた。

さっき、改めてダイキンのSa邸の報告書を読み返してみて、空調費よりもデシカの費用が高いという事実を知った。 2010年の9月から2011年の8月までのデシカの1年間の消費電力量は、なんと約6010のkWhもかかっている。 これに対して冷暖房費は82%弱の4920kWh。
仮に電気代か23円とすると、年間デシカ代だけで約14万円。 それに加えて、冷暖房費が約11万円も。
Sa氏との対話の中で、一度もランニングコストの話が出てこなかったので、このポイントを今まで等閑視していた。 あまりにも迂闊で、言い訳ができない。
ただ、「申し訳なかった」 と謝るのみ。 
本当に済みませんでした!!
Sa邸は85坪近くもあり、生活に余裕があるから25万円もする空調・換気費を払ってこられたのだと思う。 もし、40坪の家だとしても、年間12万円の空調・換気費を払える人は、そんなにいる訳がない。
したがって、ランニングコスト面からも、家庭用のデシカが普及するのが困難。

ダイキンが、いち早く開発した透湿膜加湿機から手を引いた。 これは、電磁弁に水道水の塩の固まりが付着して、水が垂れ流しになるクレームが多発したから。
後発の三菱電機は、このクレームを回避したと聞いている。
たしかに透湿膜加湿は、ある程度温度が下がるという欠点があるが、デシカのようにやたらに湿気のパージに電力を消費しないはず。
したがって、加湿時間の多い冬期のことを考えると、透湿膜方式がベターかもしれない。
スウェーデン方式でいろんな新しい方法が模索されている。 良い結果が得られれば推薦したいと考えているが、冬期が雨期のヨーロッパでは、加湿の必要性が皆無。 したがって、過大な期待を寄せるわけにはゆかない。

一方、夏場の除湿方式としていろいろ取上げられているのが、地下水を巡回させる方法と、ピーエス暖房機会社が開発した冷水を巡回させ、金属の表面に結露させ、これを排水処理することで空気中の除湿を図ろうというもの。
しかしPS社は、もっぱらビル用とか養護施設などを狙っており、住宅の需要はいまのところ考えてはいない。
しかし、九州の《光冷暖》は、PS社の考えを採用して、空気中の余分な湿気の除去を考えたシステムを開発している。 だが、この光冷暖そのものはかなりの費用がかかるので、数戸で取上げて見たが、それほどビルダーや消費者の意欲をそそるほどのものではなさそう。
そして、もう1つ注目されているのは、簡易除湿機。
これには、廃熱ドライ方式のコンプレッサー方式と、デシカと同様にゼオライトなどに湿度を吸着させ、これをパージするデシカウント方式の2つがある。 コンプレッサー方式は電気代が安いが音がうるさいのが欠点。 逆にデシカ方式は静かだが、電気代が高い。
メインのセントラルを再熱ドライ方式にして、2〜3万円で入手出来る簡易デシカ1〜3台を補助的に使うと言う方法が、ランニングコスト面からベターだという意見も聞く。
しかし、私自身か簡易デシカを使ったことがないので、実際に使われた方の体験談を聞きたいと願っている昨今。


posted by uno2013 at 06:56| Comment(0) | 産業・経営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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