2016年05月05日

「人や子供が、笑顔で集まってくる空間づくり」 とは ?



仙田 満著 「人が集まる建築」 (講談社現代新書 900円+税)

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私は1級建築士に囲まれて仕事をしてきた。
私の周辺には1級建築士様が、常に30人から40人は ゴロゴロしていた。 建設省住宅局や住宅金融支援機構の技術者をはじめとして、民間で 「建築士」 を 「業」 として食べている 諸氏は住宅会社の内外には無数にいた。
ご存知の通り、私は学校で建築学を学んだことはない。 したがって建築士の資格は、なかなか簡単には取れない。
資格がないのに、ツーバイフォー工法という新工法を 日本建築史上で最初にオープン化をさせるには、それなりの勉強と、1級建築士が持っている技術と常識を身につけている必要があった。
日本に無数の1級建築士さんがいる。
だが、誰一人として 北米やオセアニア諸国で100%の普及を見せている、プラットフォーム工法という耐震性の強い床盤工法や、206の通柱で吹抜空間を造るバルーンフレーミング工法を、日本へ紹介しょうとしてこなかった。
それだけではなく、防火性に優れた厚い石膏ボードで天井と壁を包むと言う 「ドライウォール工法」 を日本へ導入して、木質構造の致命的な欠陥である防火性能を、画期的に改善すると言う快挙を成し遂げようとする人材が、一人もいなかった。
自分の 「設計力」 の売込みという些事にかまけて、一番大切な仕事を放棄してきた。
これが 「1級設計士」 という名の、日本の個人主義者群。

よく冗談に、「私は特級建築士だ」 と言ったが、それは満更ウソではない。
というのは、「消費者の意見をよく聞いて プランを作成して、施主の予算枠内に見事に金額を抑えてきたので、契約になる確率がやたらに高かった。 無数に居る本物の設計士に依頼するより、ツーバイフォーのunoに依頼した方が、はるかに 契約が得られる」 ということを全ての営業マンが知っていた。 このためやたらに営業マンに引きまわされることになったが‥‥。
つまり消費者は、ツーバイフォー工法と在来木軸工法のメリットやデメリットは 何一つ知らなくてよい。「unoに任せておけば、耐震性と防火性で卓越したプランが、理想的な価格で得られる」と言うことが知れわたっていった。
とくにアパート建築においては、2階の床に38ミリのシンダーコンクリートを打ってくれるので、防火性だけではなく、2階の遮音性という面でもすぐれていて、クレームが皆無になるだけではなく、「価格はRC造よりも2割も安い」 という実績が知れわたって行き、ツーバイフォー工法 での受注はウナギ登り。
つまり、ツーバイフォー工法を武器に、どんな建築士にも 絶対に負けないという実績を積んでいた。 決して、オープン化に功績があったから、成約率が 高かったのではない。 設計士としての基本である 「施主の希望を100%を守ったから成約率が高かった」 のであり、そんな設計士がごく一部を除いて ほとんどいなくなってきている事実を嘆きたい。

何か、年寄りが昔の手柄話をしているようで、気分が冴えない。
そんな時、偶然にも4人の1級建築士が書いた本が出版された。 個人的に感心しなかった順に著書を並べると、次のようになる。
◎石井大一朗著 「これから面白い建築士の仕事」 (中央経済)
◎五十嵐太郎著 「日本建築入門」 (ちくま新書)
◎倉方俊輔・吉長森子・中村勉編著 「これからの建築士」 (学芸出版)
◎仙田 満著 「人が集まる建築」 (講談社現代新書)
このうち 建築士に関する2冊は、4月13日のネットフォーラム欄で 取上げている。 石井氏のものはコーディネーターとしての成功した自慢話で、それほど面白いものではなかった。 面白いのは4月15日の 「2×4協会が日本で最大の業界団体だった」 のブログ欄でも取上げたNOP法人・チームテンバーライズの11人の発言。 これは一読に値する。
五十嵐氏の 「日本建築入門」 は、資料を丁寧に調べていて 好感は持てるが、それ以上の期待を込めることは出来ない。
これに対して、抜群に面白かったのは、仙田氏の 「人が集まる建築」。
正直なところ、建築士が書いた本では 「血が騒ぐ」 ほどのものは得られないと諦めていた。
ところがこの本には、魂が吸いとられてしまった。

氏は、1968年に26歳の若さで「環境デザイン研究所」を起業している。
最初は、1級建築士の 誰もが考えるように、「自分の作品を作りたい」 との意慾で、菊竹清訓事務所で設計の方法論を学んで起業。 そして、起業するまでの26年間を 第1期と呼んでおり、1994年までの26年間を第2期、そして2020年までの26年間を第3期と呼んでいる。
現時点で74歳だが2020年には78歳になっている勘定。
その間、氏は単なる1級建築事務所ではなく、環境デザイン研究所として研究を重ねてきている。
とくに面白いのは、表紙に書いてあるように 「こどもの研究」 で実績を上げてきていること。
アメリカでは早くから、環境デザインの中心として取上げられてきたのが、「こどもの ための環境デザイン」。
建築はもちろんのこと、都市・造園・遊具・おもちゃなど すべての空間デザイン造りがその中心になっている。 筆者は、最初はモノや空間が主役だと考えていた。 ところが、途中から 主役はどこまでも生きているこどもであり、大人を含めて 人間を社会の中心に据えたデザイでなければと考え、「遊環構造」 と呼称するデザイン手法を開発。
氏が社会的に注目を集めはじめたのは、設立から18年経った 1980年代のことであり、「環境デザインとは社会に貢献するものでなければまったく意味がない」 と自覚したのは、第2期の終わり頃になってから‥‥。 50歳を過ぎてからだったと告白している。
この告白こそ、本著を単に自慢話に終わらせず、「環境デザインの指針」 としての異才を放っている由縁。

この著は、環境デザイン研究所が、発足以来48年間に亘ってデザインしてきた 各種の建築物の内容が、詳しく述べられている。 そのデザインの範囲は多岐に亘っている。 広島市民球場 をはじめとした 各種のスポーツ施設、ショッピングセンター、ドーム、医療施設、図書館、文化会館、科学館、博物館など23施設にも及ぶ。
しかし、その中で光っているのは、著者がこども施設造りのプロ と自称するだけあって、少年自然の家や児童センターや各種の幼保園。 こうした こども関係の環境デザインが7施設と、なんと3割も占めている。
私としては、こども関係の施設に絞って紹介したいところだが、それだと 「環境デザインは、こども関係だけだ」 と捉えられかねない。 これでは この著を紹介する意味が狭まるので、著者の選択にしたがって、@新広島市民球場、 Aゆうゆうのもり幼保園、 B秋田の国際教大図書館の3つに絞って、簡単に 「遊環構造」 なるものを 紹介したい。 舌足らずの点は、本著を読んで補管して頂きたい。

新広島市民球場
同氏は2004年に「こどものあそび環境」の講師として広島市へ訪れた。 終わった後で市役所の職員から 「球場を見てほしい」 と頼まれた。 老朽化している球場を建替える構想があり、ついでに専門家の意見を参考に聞きたいというまでのこと。 視察後、「この場所で建替えるとなると、250億円程度の費用がかかりますよ」 と答えただけ。
その後、建替えは無理と分かり、駅から600メートルの場所に新球場が建設されることになり、関わりの関係上コンペへ参加したら、21作品の応募の中の最優秀作品に選ばれた。 新広島球場の7つの遊環構造とは、抽象的だが次のようになる。
@回遊性があり、循環できること。  Aその循環が安全で、変化に富んでいること。 Bシンボル性が高い空間、つまり場があること。  Cその循環の中に、めまいを体験できるところがあること。 Dその循環は一様ではなく、ショートカットができる近道があること。 E循環には大きな広場かついていること。 F全体に無数の穴が空いていて、どこからでも入り込めるし、また逃げだせる空間であること‥‥。
これだけでは、大変に分かりづらい。
具体的には、3塁側はJRの線路に面はしており、外壁が低くなっているので、新幹線や在来線の乗客は、11秒間はグランドを除き込めることが可能。
また、この球場は公式戦がやっていない年間の1/3は市民に無料で開放されている。 ジョギングや散歩コースにもなり、また グランドが見えるので、試合がなくても一周するだけで満足感が得られる。 そして、「今度は試合がある時にこよう」 ということになる。
もう一つ気を付けたのは、プレキャスト・コンクリート版 (PC版) を多用して、コストを90万円で上げたこと。
こうした相乗効果で、かつては90万人と言われた広島球場は、新球場になったら200万人の観客をコンスタントに集め、新球場の経済効果は年間200億円に及ぶと言われている。

ゆうゆうのもり幼保園
ご存知の通り、保育園は厚生省の管轄で、幼稚園は文部省の管轄。
ところが、横浜の「ゆうゆうのもり幼保園は、2つの機能が合わさった幼稚園でもあり、稚児が通う保育園でもある。
3歳児で1日当り1万3000歩程度歩くことが理想と言われているが、都会の子は 500歩ほどしか歩いていない。 こどもは8歳時になるまでに、遊びを通じて5つの機能を充実させる。
@つは身体機能。 こどもは群れで遊ぶことによって、体力と運動能力を発達させてゆく。
Aつは社会性を身につける機能。 アメリカの作家のフルガム氏は、「人生に必要な知恵は すべて幼稚園の砂場で学んだ」 と言っているそうだが、ケンカや仲直りの大切さを学ぶのことも大切な社会性。
Bつは感性という機能。 こどもの遊びの基本は、自然の中で生物の採集。 つまり、自然の変化や生死に出会うことによって、感性を育ててゆく。
Cつは創造性。 遊びは楽しいもので、常に繰りかえされる。 その繰り返しの中で、偶然新しい発見や発明がある。 それが創造性というオマケ。
Dつは挑戦性。 道端に丸太が転がっておれば、それに飛び乗り、バランスをとってどこまで行けるか挑戦する。 失敗しても何度も挑戦して、征服した時の喜びは絶対に忘れない。
ともかくのこどもの施設には、ワクワクする仕掛が大切。 1階の園児を庭に出られるようにするのは簡単。 問題は2階の園児。 大型遊具を設置して、滑降りられることも考えてやる。
さらに、内部の吹抜けを活用して、2階に大きくて丈夫なネットを敷いて、2階と3階の小屋裏を立体的に繋いである。 猫のように歩く場所と、思い切り転べる場所がある。
1階の保育園の園児は、ワクワクした気持ちで幼稚園児を見上げている。

秋田の国際教養大図書館
秋田市の郊外に、県が買収した国際教養大 (AIU) がある。 在校生は1000人位だが、90%の学生はキャンパス内で暮らしている。 外人は毎年100人程度で、銀行・商社・政府関係からの応募も多く、就職率は100%。 したがって秋田以外の府県から応募も多くて、地元に在りながら秋田県人には遠い存在であるらしい。
この図書館を、著者の環境デザイン研が請負ったのは2008年。
設立母体の当時の寺田県知事は、「秋田杉を使って建築すること」 を唯一の条件として課した。
著書の表紙の写真を見ればよく分かるように、木造建築で直径22メートルの半円形で、天井が12メートルと高い平屋建。
スウェーデンのオーデンプランによく似ているが、オーデンプランは円形であり、半円形の方が構造的に難しいとされている。 構造設計は若手の山田憲明治氏。 積雪1.5メートルの荷重に対抗するために、6本の秋田杉の太い傾柱を建て、15センチ角材を合わせた梁を2重に架けて、2段のフラット・ルーフを載せている。 野地には 3センチの厚い構造用合板を使って、なんとかギリギリながら鉛直荷重をクリアー。
そして、著者は図書館と書庫は原則としてフラットであるべきだとしていたのに対して、敢えて高低差90センチの段床を4段も設けている。 その必然性を滔々とのべているが、残念ながら私には理解出来ない。 そして、扇状に広がる大きな書庫を配置している。
蔵書は洋書が約5万冊に対して、和書が約2万7000冊という。
雑誌は105冊で、新聞は10紙。視聴覚資料は約3300点。 365日、24時間オープンが売り。
学生だけでなく、地域の消費者にも貸出を行っており、年間の図書館の利用者は、延べで約25万人という。 
学期末には深夜の0時から朝の8時まで、平均300人/日が利用しているというから、かなりの賑わいと言うことになる。


posted by uno2013 at 19:54| Comment(0) | 書評(建築・住宅) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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