2015年11月25日

木質構造の今後の住宅・非住宅への展開のポイント(2)  ポスト&ビーム



前回は、アメリカの夜間高校を中心とした150職種におよぶ職人教育制度を見てきた。
単に、「徒弟制度」 にオンブしているのではなく、無料で週2日で6時間、4年間もの職人教育を国家が責任を持って運営している。 そして、4年後には国家試験を行い、合格者に 「ジャニーマン」 として資格を与えている。
この 「国家制度」 を導入したいと熱望したが、他の職種の教育制度に対する知識が乏しく、また文部省へのツテも皆無だったので、残念ながらこの時点で取上げることは、諦めざるを得なかった。 そして、現在にいたっても改善の見通しは立っていなくて、暗い。

だが前回も触れたが、アメリカの大工教育制度の中心をなしている教材 「カーペントリー」 を読むと、単に 「プラットフォーム・コンストラクション」 だけではなく、吹抜け空間を前提にした 「バルーンフレーミング・コンストラクション」 や、日本の柱・梁工法の 「ポスト&ビーム・コンストラクション」、さらには重量木骨造の 「ヘビーテンバー・コンストラクション」 のことまで書かれている。
アメリカの大工さんは、単に 「プラットフォーム工法」 だけで育っているのではない。 かなり広範囲の知識が求められている職種。 アメリカの戸建ての建築現場を覗くと、たしかに日本の 「ホゾ・ミゾ」 ほど精緻ではないが、柱・梁構造もよく見かけた。

当時、ツーバイフォー工法に対して高い理解度を示し、日本の木質構造を根本的に変えるように提案されていたのが、故杉山英男明大教授。 後に東大教授になられた。
戦後、鉄筋コンクリート造や鉄骨造が盛んになり、多くの教授や技術者がはその方面に流れて行った。 しかし 一貫して木造建築の有利性を唱え、本格的な木質構造の在り方を追求してきた研究者として、杉山先生の存在は 輝いている。

一方、元衆議院議長松田竹千代氏の令嬢・松田妙子女史は、1960年代にテレビの勉強のためアメリカへ渡った。 その時、アメリカの合理的なツーバイフォーという木質構造の存在に気付き、新日鉄など大手3社を口説き落として 日本ホームズ社を設立していた。
私も女史に呼ばれて、「タマップ」 という全米ホームビルダー協会制作の「IE (インダーストリアル・エンジニア) という技術を活用して、現場で働いている大工さんの実態タイムを測定し、その作業内容を分析して、画期的な改善策を考案し 生産性を飛躍的に高める」 という映画を見せられていた。 この映画と、「共有地を多くするオープンスペース・コミュニティづくり」 というに映画によって、アメリカのビルダーの科学的なイノベーション力の凄さを認知させられていた。

その松田女史とアメリカの優秀な設計士であるシスキンド氏と話をしている時、「アメリカから大工さんを呼んできて、山手線・新大久保駅前にあった当時の建研の庭で建て方実演を行ない、その生産性の高さを日本の大工さんなどに認識させると同時に、完成した住宅の耐震試験を杉山研究室にお願いする」 と言う提案が松田女史からあった。
シスキンド氏が素晴らしいプランをつくり、松田氏がアメリカから呼んでくる大工さんと耐震試験費用の負担責任を負うとともに、NHKなどの報道機関への広報にも責任を持つ。 ホームビルダー協会は100人近い大工さんを有料で集める、という役割分担を即決。

この注目を集めた建研の庭での実物大住宅の実験だけではなく、ホームビルダー協会は杉山研究室に対して、このほかに2つの実物大実験をお願いしていた。
なかでも、杉山先生が感嘆の声をあげたのは、群馬のヨシダのプール付きの分譲地・「人魚の里」 で行った分譲用の実物大ツーバイフォー住宅の実験。
「外部に構造用合板を張ったデーターは、すでに建研で得られている。 同じ実験をやっても意味がない。 ホームビルダー協会でやるのなら、内部に石膏ボードを張った状態での実験にしょう」 と決まっていた。
当時の試験法は、2階建住宅の、1階壁の上部分を水平に引張って、1階の耐力強度を測定するというもの。 この引張る拠点として、分譲地の中に3メートル角で、高さが2メートルくらいのコンクリートを打込み、ここを基準に引張る‥‥。
とろろが、外部合板だけではなく、内部に12ミリの石膏ボードを張った住宅はやたらに強い。
いくら引張ってもビクともしない。 家が傾くどころか、肝心の大きなコンクリートの塊が浮き上がってきて、実験は中止。
このデーターを見た杉山先生が、漏らした感想が印象的。
「すごい結果ですね。 国の規定があるので、評定は壁倍率は6倍までしかあげられませんが、実質は8倍以上の壁倍率があります。 石膏ボードというのは、意外の力持ちなのですね。 おどろきました‥‥」。

杉山先生の自宅は吉祥寺。
私と帰る方向が一緒なので、杉山先生とは20回以上タクシーで同道させて頂いた。 そして、折角の機会を利用していろんなことを先生から教えてもらった。
私の関心は、単にツーバイフォーの普及だけではなかった。
アメリカの 「カーペントリー」 がそうであるように、プラットフォーム工法だけではなく、バルーンも、ポスト&ビームも、ヘビー・コンストラクションも一緒に導入したい、という欲張ったものだった。 とくに日本の柱&梁工法は、もっぱら大工さんの経験と勘に頼っているだけで、アメリカのように柱、梁、窓マグサなどのスパン表を持っていない。
アメリカでは、ヘビー・コンストラクションを含めて構造計算方式が固まっている。
こうした構造計算式を含めたすべてを、この機会にアメリカから導入したい。
そこで、まず 「アメリカのように、軸組工法とツーバイフォー工法との融合は考えられませんか?」 と、杉山先生に聞いてみた。
そしたら、先生から逆に質問された。
「貴方の考える軸組工法とは、どんなものですか? いま流行っている細い柱にスジカイを入れ一般的な木軸のことですか? それとも昔の大貫工法のことですか?」。
正直言ってその時の私は不勉強で、答えられなかった。

先生の頭の中にあったのは、昔の大貫工法ではなかったろうか?
のちほど出版された先生の名著 「地震と木造住宅」 のなかで、先生は次のように力説されている。
「伝統木造とか在来木造を称揚する余り、それらが地震に強いかのように喧伝する人が増えているのは無責任。 伝統木造を称揚する人々は、判で捺したように法隆寺や桂離宮の優秀さを挙げているが、これらは昔の権力者、支配階級の建造物。 江戸時代に木割の術が完成し、建て方が洗練の極致に達したと言われているが、どこまでも支配階級の建築物のみに言えること。
ズバリ言って江戸時代の木造建築は、地震に弱かった。 たしかに 「構法」 は完成したかもしれないが、「構造」 は全然無視されていた。 在来木造の耐震上の弱点、例えば仕口の問題、スジカイの入れ方、基礎の作り方の改善は 一般住宅では全然行われてこなかった。 とくに戦後の1950年から1970年にかけては木造を軽視、または無視してきた。 これが、阪神・淡路大震災で表面化した根本原因‥‥」
先生は支配階級の建築物に関心がなく、どこまでも庶民住宅に関心を持っておられた。
そのせいで、この著に書かれている伝統木軸は、ほとんどが大貫工法の民家が主流を占めているように感じられた。

杉山先生の質問には答えられなかったが、アメリカの 「カーペントリー」 を例にあげて、私は 「ツーバイフォーだけではなく、この際 一挙に木質構造全体を改善できないか」 と先生にたたみかけてみた。
これに対して杉山先生は笑っておられたが、厳しく断言的された。
「今度のオープン化に、在来木軸まで加えることは絶対に不可能です。 いいですか、在来木軸の分野には、大家と言われる人がワンサと居られる。 その人達の存在を無視したことを言うと痛い目に遭うだけです。 悪いことは言いません。 今回は、プラット・フォームだけの導入にとどめておきなさい。 でないと、ツーバイフォー工法そのものが 陽の目をみないことになりますよ!」。
たしかに私は、在来木軸で食べている多くの研究者がいることは知ってはいた。 だが、先生のように具体的な顔や名前をイメージすることが出来なかった。

杉山先生にたしなめられ、職人研修に続いて、在来木軸のスパン化も諦めざるを得なかった。(在来木軸のスパン化については、後ほど公庫の仕様書で達成された)
また、杉山先生はプラットフォームに拘っておられ、2階の床開口部に対する制限は厳しくするように主張されていた。
しかし、それでは魅力的あるプランが得られず、どう考えてもプラットフォームだけでは売れる商品が開発できないない。 アメリカの建築現場を見ると206材の通しスタッドによるバルーンフレーミングが標準化している。
アメリカ並の基準ににするため、公庫の仕様書の原案に、勾配天井の部分で206の通しスタッドを書込み、何とかバルーンフレーミングも採用出来るように細工をした。
しかし、最近になって 206の通しのスタッドではなく、2階の床ラインでブッ切れになったパネル化されたスタッドが、バルーンフレーミングの名で堂々と登場してきている。

杉山先生の杞憂は、ある意味では正しかった。


posted by uno2013 at 09:27| Comment(0) | 技術・商品情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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