2015年07月25日

「これからは新築よりもリノベーションだ」と説く新しい建築家 (下)



この著者は、嶋田洋平という建築屋さん。
たまたま九州で なりゆき上、リノベーションに取組まざるを得なくなり、建築家としてそれなりに成果をおさめてきている。  この経験には学ぶ価値がある。
だが、文章を書くのは、いたって苦手のよう。 
このため、この著書はゴーストライターとして劇作家の石神夏季さんを起用している。 それは良いのだが、嶋田氏の話し方が悪いのか 石神さんの理解力が乏しいのかが分からないが、文章が繋がっていない。 つまり、話が飛躍していて、大変に分かりづらい。 何度も繰返して読んでみたが納得出来ない点が出てきた。
このため、私の方で勝手に文章を変えざるを得ない事態が出てきた。
したがって、私の記述に間違いがあるかもしれないことを、事前にお断りしておきたい。

前回は、北九州市の八幡で、祖父が始めた 「らいおん食堂」 に見切りをつけた父が、鉄筋コンクリート造地上4階建の八幡・魚町の中屋ビルの地下で、ゲームセンターの経営を手伝い、高給を稼いでいた。
その父より緊急の電話が入った。 内容は、「1階から4階までを使っている婦人服専門店が、来年1月で店を閉めると言っている。 オーナーの梯氏が非常に困っている。 何とかチエを貸してあげて欲しい」 というもの。 とりあえず大物の鉄筋造は別にして、10年間空き家になっている木造2階建の活用方法として「コクラ・メルカード計画」 なるものを提出した。
ところが、依頼してきた梯氏は、ガンで病院で死亡。
後を継いだ息子の梯輝元氏は人望がある上に、著者の 「コクラ・メルカード計画」 に非常に乗り気。 そして、木造の部分は35歳以下の若い人に、家賃3万円で、10軒に分割して貸し、2階では 「食堂をやりたい」 という2人組の女性が現れて、無事2011年6月に完成を見せた、という点までを書いた。
残った問題点は、延べ600坪もある鉄筋造の地上部分をどう処理するかという難題。

1月末には、予期していた通りに婦人服専門店が閉店。
このままだと、1階のシャッターを閉めねばならない。 シャッターが閉まれば、北九州市の小倉・魚町そのものの価値が下がってしまう。 人は不動産を選ぶ時、物件そのものよりもまずエリアを選ぶ。 その時に、シャッターの下りたままの空き家があると、物件そのものよりエリアを嫌ってしまう。 したがって、何としてでもシャッターが閉まることを防がねばならない。
そこで筆者は、オーナーの梯氏に相談して、とりあえず地下で営業をやっていた父のゲームセンターを1階へ引越させて、シャッターが閉まるのを防いだ。
しかし筆者は、木造部分で成功したけれども、「小倉地区にはこれ以上は若いクリエーターは居ない」 と役所の人が言っていたし、筆者もそう考えていた。 したがって、「コクラ・メルカード計画」 は、正直なところ これで打ち止めだと考えていた。
しかし、3万円で貸した木造部分の、手造りの服飾雑貨店 「アトリエセッセ」 や 「キステ」 などのクリエーターから話を聞いて、筆者の考えが変わった。

半年に1度ほど、北九州市内の各地で、数百人ものクリエーターが集まるフリーマーケットが開かれ、結構盛上がっていると言う。
「これだ!」 と筆者は思った。
そうした数百人もいる服飾雑貨のクリエーターは、趣味でやっている人が多い。 しかし中には半年に1度ではなく、町の中にアトリエを持ち、毎日・毎週お客とコミュニケーションが出来、雑貨販売も出来る店を持ちたがっている人が多いのではなかろうか‥‥。
ただし、家賃は1万円程度しか払えないかもしれない。 たしかに150坪のワンフロア―をそのまま貸せた方が商売としては楽。 しかし、1人1万円としても、40人集まれば40万円になる。 これだと、2年程度で回収計画が成立する。
木造部分よりも家賃を安くして、しかも大勢の人に貸す。
そうすればクリエーターにとってもお互いに刺激になり、消費者にとっては服飾雑貨に関しては何でも入手出来るので、お客が自然に集まってくるのではなかろうか‥‥。
このヒントを基に新規に企画書を書いて、父に 「北九州で活躍している手造りのクリエーターを、40人集めて欲しい」 と依頼した。

父は、さまざまなイベントに足を運び、クリエーターたちに声をかけてくれた。
そして、説明会を開いたところ、20人が集まってくれた。
口先の説明だけでなく、内装の解体工事が始まっている鉄筋造の2階へ案内すると、「入りたい」 という人が出てきた。 そして、区画が大きいと思う人には、2〜3人の仲間に呼び掛けて、共同でシェアすることを提案した。
その結果、あっという間に40人が集まり、2012年の4月には鉄筋造の2階部分はオープンした。
このあと、エレベーターをギャラリーとして、若いギャラリーに公開するという企画展示を開催した。
10人乗りのエレベーター。 そのエレベーターをギャラリーとして一般に公開しただけで、何一つ改造していない。
そして、オーナーの梯氏には、制作費として5万円を提供してもらい、3〜4階の空き部屋を、2ヶ月に亘って無料で提供してもらった。
その結果、2013年には中屋ビルの地上階はは完全に埋まってしまった。
それだけではない。 2013年の3月には地域活動に関心の高い、「北九州学びとESDステーション」 が中屋ビルの地下部分全部を借りてオープンした。 こうして中屋ビルは、完全に若者のビルとして完全復活を果たした。
中屋ビルが 「若者のまち」 としての復活したことは、想像以上の影響と刺激を、九州市の小倉・魚町に与えた。 家に閉じこもっていた若者が家から解放されて、まちに出てきたことを誰もが実感した。 北九州市に、意識革命が起こった‥‥。

今までの商店街は、物販の町だった。  今までは、物さえあれば売れる時代。
しかし、これからの町は、「消費から創作の場へ。 あるいはモノではなく、《できごと》を消費する場になってゆくのではないか」 と筆者は考えている。
そして、当然のことながら消費者も変わってゆく。 こうした店では、物販はそれほど売れないかもしれない。 そこに集まるクリエーターは、コミュニケーションを楽しみ、消費者は新しい情報を楽しむようになるのかもしれない。  そして クリエーターそのものが、こうした商店街の 「お客さん」 でもある形ではなかろうか‥‥。

こうした北九州以外の地域で‥‥筆者は東京の雑司ヶ谷地域で、いくつかのリノベーションの貴重な経験を積んでいた。
筆者の奥さんは大手自動車メーカーのカラーデザィナーとしてバリバリ働いていた。 給料も高く、産休も育休もしっかりとれるし、時短勤務という働き方も自由に選べる。 ところが、10〜16時勤務だと、新車のカラーデザィナーとしての仕事が回ってこない。 このため仕事がつまらなくなり、仕事に生きがいを感じなくなってきて会社を辞め、カフェを始めた。
9時に開店し、子連れママが簡単に入ってこれて、軽食を食べられる店として大繁盛中。
そして、東洋大の清水ゼミに雑司ヶ谷の町を歩いてもらい、徹底的にリサーチして貰ったら、「情報の発信が不足している」 と言われた。 早速 「雑司ヶ谷コンシェルジュ」 というネットを立上げて、夫婦2人で面白いと感じたことだけを書き込んだら、アクセス数が急増中。
そして、地元のお祭りと商店街に飛び込んで活躍したら、2年目にはなんと筆者は雑司ヶ谷商店会長に選出されている。
この商店会長に持ち込まれたのが、目白駅から5分の築45年以上のヴィンテージ・マンションのリフォーム。 持ち込んだのはママ友の秋田さん。
外観は超カッコ良いマンションだが、内装が今の女性に受けず、半分が空き家に。 このマンションを、単にリフォームするだけでは面白くない。 住む人の思うがままにセルフ・リノベーションが出来るようにプロジェクトを組んで、らいおん設計事務所として本格的に取組んだらあっという間に満室に‥‥。
このほかにも、古い木造住宅を買い上げて、賃貸に出している経験も持っている。

そして、リノベーションを成功させるために、筆者が強調しているのは次の4点。
まず、@リノベーションスクールの組織と運営。
それぞれオーナーから持ち込まれた物件を、単に設計家や不動産のプロ (含む学生) だけではなく、グラフィック、ライテング、カラーデザィナーなど建築周辺でデザインをやっている人々。 会計士などの専門家。 大学の先生、地方自治体の職員や議員。 あるいはNPO法人やまちづくりの社員や農業法人など。 各界の専門家を男女、年齢などを勘案して3〜4日間、一堂に集めて喧々諤々と討議させ、素晴らしい具体的な提案を出させている。
この費用は、公的機関が出してくれるようになってきているという。
このリノベーションスクールを、全国的な規模で開催出来るようにするために、筆者はリノべーリング社をすでに立ち上げている。

そして、A家守舎 (いえもりしゃ) の設立が不可欠に。 
つまり、どんなに素晴らしい提案がリノベーションスクールからなされても、これを具体化するには資金と経験が絶対的に必要になってくる。 オーナーにカネがなく、当初は資金的に苦しめられる場合が多い。
しかし、ある程度実績がついてくると、金融機関などを動員することが可能に。
また、この家守舎には、大学の教授などのプロに加わってもらうことが大切。 これにより、地方自治体との交渉がスムーズになってくる。 
筆者は北九州家守舎と、東京の都電家守舎の社長を兼ねている。

そして、筆者は B設計事務所は根本的に組織を変える必要があると提唱している。
今までの設計事務所は、担当する建築物の大きさで設計料金が決まった。 工事高の10〜20%というのが常識。 設計だけだと10%、監理をやって20%と言うのが常識。 このため、クライアントの希望からズレて、どうしても大きなもの、高価なものへとベクトルが働いてしまう。
今までは、建築家は建築物の設計だけをしておれば良かった。 しかし、実際にリノべーションで動いてみると、設計だけでは事業が前へ進まない。 資金の問題とか、入居者確保と言う面でリスクをとらねばならない。 そのことによってプロジェクトが前進して利益が確保される。
つまり、活躍の場を広げて、より儲かるようにすれば、クライアントと利害が対立することはない。 同じ方向を向いて、一緒に頑張れる。
これこそが、これからの設計事務所が向かわねばならない方向。 それが、具体的にわかったというのが、リノベーションに取組んできた最大のメリット。

それと、これからの人口減を考えると、C専門分野体制をやめて、万能工体制を目指すべきだと筆者は力説する。
人口が急増し、建築物が大量に必要とされる時代は、どれだけ効率を上げるかが至上命令。
例えば大型のマンション。 デベロッパーは大まかな企画だけを練って、設計事務所やゼネコン、工務店に丸投げした。 丸投げされた各社は、デベロッパーと契約を結びリスクを負うことで仕事を得ていた。
そして請負った設計事務所は、意匠設計、構造設計、ディテール設計にそれぞれ発注した。
ゼネコンや工務店には営業と工事部、設計部があって、それぞれが利益を計上し、下請け・孫請けと呼ばれる大工、ボード工、塗装工、家具屋、電気工、設備工などへ発注して管理した。
しかし、人が足りない時代になってきたので、筆者がよく使っているハンドホーム社のように、現場監督が簡単に工事詳細図が書け、ちょっとした大工工事ができるように、万能工化していることが非常に便利で使いやすい。
全ての職種が、これからはそのように変わってゆくことが求められているのだと筆者は思う。


posted by uno2013 at 12:10| Comment(0) | 技術・商品情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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