2015年06月10日

医学界の最先端技術の報告書――29回医学総会記念出版物



井村裕夫編 「医と人間」 (岩波新書 800円+税)

写真医と人間.JPG

岩波新書には、時折裏切られる。 思想が前面に出すぎて、後味の悪い読後感しか残られないものを 時折見せられた。
しかしこの著は、iPS 細胞、ロボット治療、先制医療など医学の最前線技術に関する論文が6編、医療の現場からの報告書が5編から構成されている。 そして、ここに書かれた内容は、今年の春に神戸で公開展示され、大阪でフォーラムで発表されたもの。
もとより、医学に関する知識が私にはなく、11編の内容全部に触れるだけの蛮勇と専門的な知識を持合せていない。 しかしその中で、素人なりに面白く読んだ最前線の技術論文3編の、ほんの一部だけを取上げて紹介したい。 


●再生医療と創薬  山中伸弥 (京大 iPS 細胞研究所長)

iPS 細胞はほぼ無限に分裂して必要量まで増やすことが出来る点が良い点。 ガン細胞も増え出したらとまらない。 しかし、iPS 細胞は、分化させて心臓細胞とか綱膜細胞にすると増殖しなくなる。 未分化の細胞が残っていなければ、ガンになることは防げる。 だが、未分化細胞を完全に見つけ出し、100%なくするということは非常に難しい。
ほぼ完全に分化してしまった心臓、網膜、血小板、赤血球を移植する場合と、例えば脊髄損傷の場合は神経幹細胞という分化途中の細胞を移植する研究も進んでいる。 つまり、どの病気を治療するかによって、使う細胞の種類や戦略が異なってくる。
iPS 細胞を使って治せる病気やケガは限られている。 1種類、もしくは非常に少ない種類の細胞の移植でよい病気やケガに限られる。

今、一番研究が進んでいるのは、網膜の病気。 脊髄損傷も進んでいる。 心臓疾患には心筋の細胞を移植する。 パーキンソン病は、神経細胞の中のドーパミンを作っていた機能が不全になって起る病気。 したがって、iPS 細胞からドーパミンを作る神経細胞が作れないかと研究中。
このほか、糖尿病の研究も進んでいるし、ガンを攻撃する免疫細胞が出来ないかという画期的な研究も進んでいる。
そして、当初は患者の皮膚細胞から血液細胞をもらって、これを培養していた。 しかし、数ミリ四方でも皮膚を傷つけていた。 それが最近では通常の採血で良くなり、患者の負担を少なくすることが可能になってきた。
iPS 細胞研究所には、学生を含めて現在300人以上の研究員がいて、研究グループだけで約30もある。 当研究所の目標は4つ。
@つ目は、基礎技術の確立と特許の確保  Aつ目は、再生医療用 iPS 細胞のストックの構築  Bつ目は、前臨床試験から臨床試験へ  Cつ目は、患者さん由来の iPS 細胞を用いた治療薬の開発。

この中で、再生医療も大切だが、iPS にとっては創薬研究も非常に重要な分野。
再生医療の分野では、iPS が対象になる分野は限られるが、創薬となるとほとんどの分野が網羅できると考えられる。 しかし断っておきたいのは、iPS 細胞が直接病気を治してくれるということではない。 薬を開発する様々な段階で iPS 細胞が貢献するという形。 言ってみれば、「縁の下の力持ち」 的な役割。
通常、新薬の開発には十数年間の長い期間と、何億円という膨大な費用がかかると言われている。 しかも、それだけ時間とカネをかけても、成功確率は数万分の一だと言われている。
そして、例えば ALS (筋萎縮性側索硬化症) という全身の運動神経が機能しなくなり、身体を動かせなくなる病気がある。 
この場合に、ネズミを使ってこの病気の特徴を調べ、その上で薬を開発して再びネズミに注射して効果のほどを確かめる。 しかし、ALS という病気の場合は、ネズミに効果があっても、人に全く効果がない場合がある。 場合によっては単に効かないだけでなく、強烈な副作用がある場合もある。
そんな時に、iPS という人の細胞で研究が出来るようになってきたのである。
患者さんの血液を貰って、大量の iPS 細胞を作り出す。 それを ALS に感染させて、ALS の患者さんの体内で起きている神経細胞の様子を外で再現する。
そして、沢山の候補の薬の中から、絞り込んだスクリーニングが容易に行える。 さらに、ある程度の効果が期待できる薬が特定出来れば、副作用の有無や心臓や肝臓に対する毒性なども調べることが出来る。

一番問題になるのは、アルツハイマー病。 アルツハイマーは、絶対に一括りには出来ない。
患者さん個々によって 病気の原因が異なることが、iPS 細胞を使っての研究の結果で判ってきている。
しかし、あらかじめ iPS 細胞を使って、患者さんをクループ化して、分類化しておくことは大切なこと。 アルツハィマー病の患者を分類せずに、全体に効く薬を開発しょうとすると、とんでもない結果になってしまう。
副作用が少なく、効果があると考えられる患者さんだけにその薬を試すという形。 その人たちだけにでも効けば、十分だと考えるべき。
このように、iPS 細胞を使った創薬研究は、非常に有望。 残念ながらアメリカが圧倒的に早く進んでおり、日本は出遅れている。 再生医療には国の支援があるが、創薬にはない。 
しかし、間違いなくポテンシャルが大きいのは、再生医療ではなく創薬研究。 研究者だけでなく、広くそのことを判って欲しいと希求する。


●革新的ロボット医療を創る  山海嘉之 (築波大システム情報教授)

まず、障害を持った人の身体機能を補助・改善・拡張する目的で開発された HAL (ハル) について、簡単に説明することから始めたい。
この HAL というのは、ロボットと人を機能的に一体化させることに成功した、世界で最初の一体化ロボット。
この HAL には、人工知能で自分で判断して動く 「自律制御型」 の機能と、人間の意思で動く 「随意制御型」 の機能の両方が、最初から付加されている。 つまり、ロボットの制御と人の制御の両方が可能という珍しいロボット。
人が身体を動かすのは、脳から 「椅子からち立ち上って、こちらへ来なさい」 という命令が、脊髄を通って伝わってくる。 筋肉がその命令を受けて椅子から立ち上り、命令された位置へ移動する。 そして、動いている最中に、「立ち上った」 という感覚情報が脳に戻ってくる。 この神経の信号という循環が作用して、脳は適切に維持している。
しかし、脳・神経・筋肉に障害が発生すると、この循環が成立しなくなる。 動けないという事態が起こる。
生物には、基本的に備わっている電気的な信号 (これを正式には生体電位信号という) は、細胞内のイオンの濃度差によって起こるが、神経細胞や筋肉だけでなく、皮膚表面に電気的な信号として漏れてくる。
身体の運動機能に障害がある時は、皮膚表面に漏れてくる電気的な信号は極めて微弱だったり、マバラだったりする。
HAL はその微弱な信号を、独自に開発したセンサーで読み取り、適切に処理をすることでロボットを動かすことに成功。 

正常でない信号であっても、これを解析し、整え、補正することによって、人の意思を反映させ、実際の関節運動を HAL が実現させて、装着者を身体を動かしている。
HAL の中には、いろんなものが装填されている。
まず、電気的信号を計測するセンサー。 身体の重心のバランスを読み取るセンサー。解析・制御のためのコンピューターをはじめ、バッテリーやモーター。 関節角度を計測するセンサーなどのパワーユニット。 それに装着者の身体を支えるボディフレーム等々。
そして、運動機能障害者であっても、装着して身体を動かしたいと思えは、皮膚表面の微弱な電気的信号を読みとって解析し、補正しながらスムーズに動くよう支援をしてくれる。 このように自分の意思でロボットが動く制御システムを、「サイバニック随意制御」 という。
また、障害が重いとか、機能が低下した場合は、前記のサイバニック随意制御での制御は困難に。
その場合に、事前に用意しておいた人間の基礎運動パターンや動作のデーターベースで、装着者の周りの環境や姿勢によって正しく制御するシステムも組まれている。 これをはロボットに主体性を持たせた 「サイバニック自律制御」 という。 
つまり、人間とロボットが融合してして制御するハイブリッドという革新的な技術を備えているということ。

そして、ハイテクと呼ばれる技術は、アメリカを中心とした軍事技術をルーツに開発されてきたという歴史がある。 宇宙開発も、ミサイル開発も、インターネットも同様。
日本は、ハイテクの軍事技術を開発することが許されなかった。 
そのため、戦後は民生品の大量生産のためのハイテク化を進めてきた。 しかし、物造りは次第に人件費が安い後進国に移ってきている。 近隣諸国に生産拠点を移した日本は、どこにハイテク開発の場を求めればよいのか?
この疑問に対して、著者は医療分野と福祉分野こそ、最先端技術創出の場になるのではないかと断言している。 それを実証したのが東日本大震災。 放射能被曝の中で、如何にして社員の安全を守るかで、東電の現場責任者が飛び込んできた。
求められた性能は、放射線被爆の危険を最小限にして、冷却装置を備えた全身型の HAL。
このプロジェクトは、震災発生後にすぐスタートさせ、約4ヶ月後に試作品を納入している。
60キロのタングステン製のジャケットに冷却装置。 しかも、さまざな国の規制や国際安全規格をクリアーしなければならない。 それが4ヶ月という短期間に完成出来たのは、「医療用HAL」 の厳しい研究開発をやり抜いてきたという技術的な裏づけがあったから。
筆者が提起している問題は、大変大きな問題だと私は痛感。


●先制医療  井村裕夫 (先端医療振興財団理事長)

政治、紛争、人権などの大きな問題を取扱う国連が、過去に2回だけ高級者会議を開いて、健康問題を取上げたことがある。 1つは2001年でエイズが蔓延した時。 もう1つは2011年に心筋梗塞、糖尿病、ガン、肺気腫等の慢性疾患が途上国で増えて、途上国での死者の比率が80%も占めるようになった。 特にインドやアラブ諸国、北アフリカでは糖尿病が増え、同時に心筋梗塞がものすごい勢いで増加した。 
なんとかしなくてはならないというので、あの国連が高級者会議を開いた。
つまり、事態を見守っているだけではいけない。 先制攻撃して対処して行かなければ 解決しないという意識が、国連にも芽生えてきた。
そして今、先制医療の対象として注目されているのが、アルツハィマー病。
日本では認知症患者の約60%。アメリカでは80%がアルツハィマーだといわれている。
最近、アルツハイマー病症状の出る前に、すでに脳の中にアミロィドβというタンパク質が溜まっていることが分かっている。 病気になってからアミロィドβを減らしてもすでに脳の神経細胞は死んでいて効果がないと考えられている。 だから、まだ認知機能が正常な段階で診断し、早くから治療しないと有効ではないと言われている。
アメリカでは、全く症状のないアミロィドβが溜まり始めた人に対して、すでに薬の治療を始めている。 これが、典型的な先制医療。

アルツハイマーのように、発症前に診断して病気にならないようにするのがレベル1の先制医療。
これに対してレベル2というのが骨折。 寝たきりになって骨粗鬆症が起こってくる。 女性は生理が亡くなると、骨塩量が激減する。 その段階で、事前に食べ物を変えるとか、薬を飲むといった、いろんな対策を講じる必要がある。
動脈硬化は10歳台から始まる。
朝鮮戦争でアメリカの若者が多く死んだ。 解剖してから遺体をアメリカへ送ったのだが、すでに冠動脈に初期の硬化性病変がある人がいて、専門家は非常にショックを受けたことがある。
レベル1の先制医療で、脂質異常があれば治療をする。 血圧か高かったら、レベル2の段階前に抗疑固剤を飲んでもらうとかステントを入れるとか、いろんな治療方法がある。
現在では、CTとかMRIを撮れば、冠動脈病変がかなり分かる。 しかし全ての人を撮ることはできない。 予防医療は、現時点ではどこまでも個人的な問題。 社会的にどうコンセンサスを得てゆくかということが、高齢化を迎えた社会の大問題点。

それよりも、最近大問題になってきているのが、「お腹の中にいる時、すでに中年以降の病気がある程度決まっている」 という問題提起。
40歳台からのライフコース・ヘルスケアではなく、胎児の時から先制医療を考える時代が到達しているのかもしれない。


posted by uno2013 at 15:52| Comment(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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