2015年02月15日

住宅業界で最初に本格的に女性を活用したのは三井ホーム



前回、食品業界のビジネス・ウーマンの話を紹介した。
そしたら、当然のことながら住宅業界におけるビジネス・ウーマンのとが やたら気になり出した。 といっても、住宅業界の第一線から離れて久しい。 また現役のジャーナリストでもない。 このため、住宅業界におけるバリバリの現役女性というと、北洲の村上社長以下2〜3人しか頭に浮かんでこない。
これでは 「住宅業界のナデシコ」 は書けない。 
そこで、何人か業界誌紙の編集長を知っているので、女性経営者を紹介して欲しいと頼んで回ろうと考えた。 だが、紹介されたビジネス・ウーマンから話を聞くには、発表の場が用意されていなければならない。 それと、やたらに時間がかかりそう。 
やはり、住宅業界のビジネス・ウーマンに対する取材は、現役の編集長にお任せすることにしょう。 
そこで、ふと思い付いたのがツーバイフォー工法が日本でオープン化した40年前の頃。 
民間の住宅会社の中には、新日鉄や竹中工務店などから出資を得ていた日本ホームズ社の松田妙子という名物女史がいた。 
ツーバイフォーやランドプランニングという難しい事業にいち早くトライをして、輝いていた。
私もいろいろ勉強をさせてもらった。
それよりも、もっと凄い会社があった。 それが三井ホーム。 
住宅業界で最初に女性を本格的に活用し、(社) インテリア産業協会を設立したのは三井ホーム。
嘘ではなく、キラキラ光っていた。
そこで、初期の三井ホームが、なぜキラキラ光っていたかについて書いてみたい。

現在の三井不動産というと、傘下に三井ホームをはじめ15の関連会社を持ち、高級マンションや分譲地住宅などの販売で、連結決算では1兆5000億円を超すビックビジネス。
しかし、私が付き会い始めた頃は、年商600億円程度の企業に過ぎなかった。
もともとは、三井一族の資産管理のために作られた三井合名という会社にすぎなかった。 毛並みのよい本家だが、御殿女中的なおっとりした封建的な経理会社。 
この会社に、オリエンタルランドなどを造成させ、不動産の中核会社に育てたのが水戸ッ子の名経営者・江戸英雄社長。 
この江戸社長が本格的な分譲住宅に乗出す時、配下にその重責をこなせる役者がいないことに気付いた。 そこで、20年以上もブラジルで胡椒の商売をやっていた三井物産の岡田徳太郎氏をスカウトして、上尾の分譲住宅の企画から販売の一切を任せた。
住宅に関して全くのド素人だった岡田氏は、まず消費者の立場に立って、消費者が購入出来るように売価を700万円と決めた。 この売価をより魅力的にするために、有名な建築家を集めて“設計コンペ”を実施した。 
その一方で、全国の木材産地を回って必要資材を安く購入できる方法を模索した。 また、工務店の社長とサシでやりあい、職人を集めて茶碗酒を振る舞い、本音と改善策を聞いて回った。
このため、上尾の第一次分譲は、あっという間に売れた。 しかし、社内から聞こえてきたのは 「あれは土地価格が安かったから売れたまで‥‥」 というヤッカミ節。 しかし胡椒屋あがりはケロリとしていた。 
第二次分譲は 社内的な要因で高くせざるを得なかったが、「即日完売というわけにはゆかなかったが、またまた完売しました」と涼しい顔。
こうして、新参者の岡田氏は、江戸社長と坪井専務の懐刀的な存在に‥‥。

分譲住宅が軌道に乗ってきたのを機に、「三井不動産としてもプレハブ住宅に乗出すべきではないか」 という意見が社内から出てきた。 
この時、「断熱性能の悪い鉄骨プレハブでは競合に巻込まれてしまう。 近くオープン化が予定されているツーバイフォー工法にすべきだ」 と、高らかに唱えたのが上尾の成功で発言力が増していた岡田氏。
いろんな経緯はあったが、三井不動産がツーバイフォーを選び、ツーバイフォー工法がオープン化された1974年の秋に 三井ホームが誕生している。 社長は不動産の専務だった坪井氏で、副社長には岡田氏が大抜擢。
一方、三菱不動産、住友不動産、東急不動産は、最初は様子見。
「もし三井不動産がうまく行ったら、こちらもツーバイフォーに乗出す。 しかし慌てる必要性はない。 三井ホームの成り行きを見てから判断すれば良い。 それで十分に間に合うはず」 と算段していた。 
一方、三菱商事は木材部の中にツーバイフォーの勉強会を設置し、三井ホームより1年前の1973年に木材業者と組んで関東ギャングネールトラス (現プライムトラス) を発足させる一方、地方の有力ビルダーの土地購入の資金手当てを斡旋している。
もちろん、当時の建設省を動かしたのは、100社近い各地の地場ビルダーの強力な働きかけ。
それと、カナダ大使館などの強い支援があったから。 
だが、日本を代表する三井不動産と三菱商事が動いたという事実が、建設省だけでなく木場や石膏ボード業界をはじめとして、あらゆる日本の産業界を動かす原動力になっていった。

岡田氏がまず考えたことは、ツーバィフォー材一式のまとめ売り。 
千葉にホームコンポーネント工場を設立して、ランバーやトラスの最精鋭の加工場を建設した。
こうすれば、合板やボードなどのセット販売が可能だと考えていた。 
しかし、案に相違してオープン化されたからといって、ツーバイフォーの資材は動かない。 大工さんが喜んで買いにきてくれるという初期の構想は怪しくなってきた。 三井不動産などから仕事を貰って なんとか食いつないでいたが、赤字が次第に累積していった。
岡田氏も三井不動産も、分譲住宅では僅かな経験を積んでいた。 だが注文住宅ではド素人。
注文住宅は、自らの力で需要を開発してゆく分野。 ところが、各地に設けたモデルハウスは、万人向けの特徴のないものか設計士と営業マンが 「ここは田舎だから、和風がよいはず」 という主観で選んだモデルばかり。 消費者から見れは全く魅力のない商品だったので、さっぱり売れない。
ただ、会社設立から2年半経った頃に建てられた永福町の展示場。 
この展示場は、アメリカのデザインをそっくり、そのまま持ってきたものだった。 だが、そのデザイン性と間取りが受けて、「これと同じ住宅を建ててほしい」 という注文が殺到。 
そこで、初めて三井ホームの技術者は、「注文住宅の商品づくりとは何か」 を理解した。 
永福町モデルの成功をヒントに、設計を依頼していた全国の設計者を対象に“設計コンペ”を実施した。 こうして、初期の大ヒット商品 「ウィンザー」 と 「マッキンレー」 が誕生した。
その人気は、かつてのミサワホームのO型をはるかに凌ぐものだった。

それまでは、ツーバイフォー協会の会合に行くと、いつも坪井会長の泣き言を聞かされた。
なんと三井ホームの赤字は30億円にまで膨らんでいた。 坪井会長が泣き言を言いたいわけがあったのだ。
その30億円の赤字が、ウィンザーとマッキンレーの登壇で、1年余であっという間に解消し、三井ホームの独走が始まった。 
慌てたのは地所ホーム、住友不動産ホーム、東急ホーム。 
急いでコンポーネント工場を建て、注文住宅へ乗り出したが、三井ホームの姿は遥かに遠いものとなっていた。

さて、これからが三井ホームの女性陣の登場。
1977年に永福町に登場したアメリカそっくりのモデルハウスは、岡田氏の決断で、そのインテリアには、コーデネィターの町田さんの登用が決定していた。 
その流れを組んで、ウィンザー、マッキンレーのモデルハウスでも、インテリアに関しては男が口を出せなくして、全てを女性のインテリアコーデネィターに任せた。
それだけではない。 その流れを固定するために広く各界に呼びかけて (社) インテリア産業協会が通産省の管轄で設立されている。 そして、東京芸大出の村上さんが、三井ホームで初めての女性取締役に就し任ている。 これらは、いずれも岡田氏の演出。 
御殿女中的な発想では、これほど素晴らしい演出は出来なかったであろう。
それを知ったスウェーデンハウスは、早速優秀な女性設計士の採用に力を入れた。 
私も、インテリアコーデネィト制度を設け、優秀な女性社員の採用を最優先させた。 しかし、20年前のことで、必ずしもその精神を 正しく受けとっていたとは言えなかった。 女性社員から、[産休で休んでも、継続雇用してもらいますか」 と聞かれた時、「うちは中小企業。 直ぐには難しい。 しかし、一旦辞めても、再雇用することには大賛成」 としか当時としては言えなかった。 本当に情けないことたが‥‥。

三井ホームが伸びている時は、このような革新的なイノベーションが随所に見られた。
ところが岡田氏が退任した後の三井ホームは、守り一辺倒。
あのR-2000住宅の時も、岡田氏なら三井不動産用に特別訓練をしていた“直需チーム”を総動員して、C値が0.9cu/uという垣根は軽く越えたであろう。
そしたら、地所ホームも東急ホームも、「三井に遅れてはならじ」 と頑張ったはず。 
現在の省エネ住宅の基準のユルフンは完全に一変出来たはず。 
その責任は三井ホームの永大残党組と三井不動産上がりの事なかれ主義者が負うべきものだと確言出来る。 輝かしいツーバイフォーの未来を喪失させたという意味でも、この悪たれグループの責任を、徹底的に追求すべき。
そして、岡田氏なきあとの三井ホームは、イノベーションを忘れたカナリヤになり下がってしまった。 あの杉山東大顧問の意図を裏切って、個人の立場と都合だけを優先させ、ツーバイフォー業界そのものの方向を誤まらせてしまった。
その結果、三井ホームの現在の役員名簿に、女性の影は見当らない。 
建築学界では、「女性の方がはるかに成績が良く、住宅のインテリアだけでなく、住まいの細部についても、実生活に基ずいてのセンスは女性が高い。 これを活用しないなんてバカげたことだ」 と各先生は言っているのに‥‥。

そうだ。「欧米住宅産業における女性の活躍調査ツアー」 を計画したら良かろう。
その時は、国交省住宅局も、経産省窯業建材課も、仲良く参加するだろう。 
あれだけ、安倍総理が女性活用の必要性を強力に発言しているのだから‥‥。 しかし、プレハブメーカーは、多分参加しないだろう‥‥。 
現在のプレハブ業界というのは男の世界で、その程度ものに過ぎないということ。


posted by uno2013 at 08:46| Comment(0) | 技術・商品情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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