古西豊樹監修 「植物工場のきほん」 (新光社 1600円+税)
「植物工場」 という言葉を知っている人は多いと思う。
しかし、植物工場で生産されるのはホーレンソウやレタスなどの葉っぱ野菜が主流。
したがって、サラダ好きの人間にとっては大歓迎だろうが、私のような 「根菜大好き人間」 にとっては、残念ながらほとんど魅力がなく、関心がなかった。
つまり私は、今年も家庭菜園に力を入れ、各種の芋類をはじめ、ニンジン、玉ねぎ、ダイコンやカブなどの栽培に力を入れるはず。 葉っぱ野菜も、若干は栽培するが‥‥。
ところが、半年前にNHKテレビが、「オランダから技術導入した最新鋭の 《太陽光型植物工場》 が、北京郊外に合計1000ヘクタール (約300万坪) も設置され、イチゴなどの生産を開始しはじめた」 と伝えていた。
そして、この太陽光型植物工場は、単に中国だけでなく、韓国、ベトナムやマレーシア、台湾、タイなどのアジア各国へも進出し、10〜20ヘクタール (約3〜6万坪) の工場が稼働していると言うではないか。
このテレビ番組を見て私は慌てた。 日本が植物工場ビジネスで大きく後れをとっているのではないかと懸念されたから‥‥。
早速書店へ走り、「植物工場ビジネス」 の関連本や矢野経済研究所のリポートなどを入手した。
そして、私が想像していた以上に植物工場ビジネスは面白く、若い人が新規に参入したくなるだけの魅力を備えていることを知った。
もちろん、植物工場の建築そのものにも関心があったのだが‥‥。
そんなわけで、機会があったら是非ともこの欄で取上げたいと考えていた。
たまたま、上記の著書を図書館で見かけたので借りてきた。
この著は11章からなっており、「人工光型植物工場」 と 「太陽光型植物工場」 の違いをはじめ、植物の生理の基本をはじめ、植物工場の設備投資の内容、生産コストの比較と将来の見通しなどを分かりやすく説明してくれている。
と同時に、植物工場の必須投入資源である光、CO2、水、無機肥料、温冷熱とヒートポンプ、種苗についても個別に項目を設けて説明してくれている。 そのほかに、植物工場で先行している多くの企業の実例や、諸外国の歴史にも触れている。
実質的な執筆は、長年 農業関係を幅広く取材してきたライターやカメラマン。
ただし、私の最大の関心事は、植物工場で先進国のオランダに日本は追いつけるかどうかという、技術力とイノベーションに集約されている。 このため、紹介するのはこの著書の一部に過ぎないことを、あらかじめお断りしておきたい。
関心のある向きは、全ページを熟読されることがお薦め‥‥。
さて、最初に知らねばならないことがある。
植物工場のことを、Plant Factory という。 これは和製英語だが、このPlant Factory には
「太陽光型」 (写真上) と 「人工光型」 の2つがある、ということ。
太陽光型というのは、基本的に露地栽培やハウス栽培と同じで、太陽の光で光合成を行い、人工光型は蛍光灯やLEDなどで光合成を行う。
両者の間には、明らかな差がある。
そして、太陽光型は、その施設によって4つに分類される。
@何の施設もないもの 露地栽培
A基本的な換気・保温カーテン・暖房施設だけを備えたもの 簡易被覆施設
B中級な空気攪拌扇・遮光カーテン・灌水施設を備えたもの 環境制御・土耕施設
C養液栽培・CO2施設・気化冷房・ヒートポンプ・補光灯を完備 環境制御・養液栽培施設
このうち、AとBしか備えていないものをハウス栽培と言い、太陽光工場と呼べるのはA〜Cのすべての機器と施設を備えたものを指す。
この太陽光型が最初に開発されたのは1960年代のオーストラリアで、1970年代からオランダが施設園芸の大型化・自動化・情報化を進めて、今では国内だけで約1万ヘクタール (約3000万坪) の太陽光型植物工場を持っており、そのプラントの輸出先はアメリカ、カナダ、オーストラリア、中近東、中国をはじめとした東南アジアに及び、世界最大の太陽光型植物工場の輸出国になってきている。
一方、日本では太陽光型植物工場と呼べるのは、たった数百ヘクタールで、オランダの数パーセントでしかなく、中国などの後塵を拝するようになっている。 部外者の私が心配したことが、現実に起こっている。
太陽光型工場での生産に適した野菜は、「強い光を好み、栽培期間が数ヶ月から1年間におよぶ植物だ」 と言われている。
具体的には、トマト、ピーマン、キュウリ、イチゴなどの果菜類。 このほか、ブルーベリー、ビワ、マンゴウ、ブドウなどの果樹も対象になる。 さらにはハーブ類や大型のコチョウランなどの花卉も有力。 そしてこれからは、薬用植物のデンドロビウム、オタネニンジン、サフラン、センブリなとも対象になってくるという。
しかし、太陽光型には、日射量や季節、昼夜の変動の多さという問題もある。 当然太陽光といえども無料ではない。 また、CO2施用のやりにくさとかヒートポンプの活用術のマスターなどという問題もある。
しかし、植物工場としては、一応完成した技術体系と考えてよかろう。
これに対して、人工光型植物工場というのは、蛍光灯やLEDなどの人工光で光合成させるもので、より本格的な工場と言えるかもしれない。 ともかく、太陽光型と異なり、なるべく外部と遮断して、かなり高い建築物の方が生産性が高い。
そして特筆すべきは、この人工光型植物工場というのは日本が開発した技術であり、日本が世界の最先端を走っている。
しかし、オランダ系の太陽光型植物工場は40年間の技術開発で、それなりに高い完成度を誇っている。 これに対して日本の人工光型植物工場は、10ヶ年弱の技術の蓄積しかなく、輸出産業として確立しているわけではない。
2014年の3月時点で、日本には人工光型工場は165ヶ所、太陽光型との併用工場が33ヶ所、太陽光型工場が185ヶ所と、工場数においても太陽光型と肩を並べている程度。
そして、2013年3月時点の調査では、人工光型植物工場で黒字をだしているのがたったの20%。
収支がトントンになった工場は60%で、赤字工場が20%。
これは、操業を始めたばかりでまだ技術の蓄積がなく、産業としては未熟で、これからの産業だと言う面が強いと解釈すべきだろう。
矢野経済では、2015年の人工光型植物工場の売上高を約130億円と予想している。 そのうち、レタス類の売上を110億円、85%と踏んでいる。
これが、5年後の2020年には売上が300億円と2倍以上になり、レタス類は130億円と20億円しか増加しないのに、機能性野菜や生薬を含む医薬品の売上が170億円と急伸すると予想している。
やはり、一番の問題は、人工光型植物工場用の最適な植物を発見すること。
消費者が魅力を感じる植物を、無農薬で、年間を通じて一定の価格で提供し、需要を拡大したゆくことが出来るかどうかがカギ。
いや、植物の発見もさることながら、苗種の開発こそが大問題。
今までの露地栽培の苗種がそのまま使えないのだから、人工光型植物工場用の苗種の開発は、何よりも重要か課題になってくる。
また、トマトなどの果菜類では、育苗は人工光型工場で行い、栽培は太陽光型工場で行うと言う棲み分けも進んできているという。
いずれにしろ、植物工場の比率は、これからますます高まって行き、イノベーションも画期的に進むであろう。
われわれ建築関係者も、その最も合理的な工場開発の一端を担って行かなければならない。