島村英紀著「油断大敵! 生死を分ける地震の基礎知識60」(花伝社 1200円+税)
読書が趣味の私は、年間800冊以上を読んでいる。 今年の下半期はとくに乱読で、その中に地震関連の本が5冊もあった。 高嶋哲夫著 「首都崩壊」 という小説も含まれているので、必ずしもすべてが建築関連本というわけではない。
ただ、商売柄 「地震から生命と財産を守ることこそ、住宅人がやらねばならない最低の義務」 と言ってきたので、「地震」 と名のつく本に出逢うと、素通り出来なくなってきている。 したがって、今までに50冊以上は読んでいるはず。
その中で、一番面白かったのがこの本。 いや、面白いと言うよりは、今まで知らなかった情報を分かりやすく、数多く提供していてくれていてためになる。 筆者は東大卒で、北大教授をはじめ北大地震関連長を歴任してきた大ベテラン。 地震関係の著書も多い。
とくに私が面白く感じた10点だけを抜き出して、紹介したい。
●太陽と月の引力がはるかに大きい
2013年の7月下旬に、水星、金星、木星がほぼ直線状に並んで見えた時があった。 これを惑星直列と呼んでいるが、ノストラダムの予言のように何か悪いことが起る凶事のように言う予言者が後を絶たない。 惑星が並ぶことにより、引力の影響で地球が歪むはずだと言うのだ。
たしかに太陽や月の引力で、場所によっては海水が数10センチから数メートルも干満する。 しかし、すべての惑星が一列に並んだとしても、海水の移動は1センチの1/10000程度。 占い師の言うほどの影響は、絶対にあり得ない。
●地震か生み出す新しい土地
地震は悪いことだけをする疫病神のように思われているが、新たな陸地を生みだしてくれる創造神でもある。 羽田到着の飛行機からは、房総半島の南端の西部にある館山市から東側の千倉まで30キロにわたって5段階の段差が見える。 93年前の関東大震災の時は1.8メートルの隆起に過ぎなかったが、311年前の元禄地震ではなんと5メートルも隆起した。 5回の地震で増えた陸地は、東京ドーム300個分にもなるという。
しかし、元禄地震以外の古い地震の記録は残っておらず、3回の地震がいつ起きたかは正確に分かっていない。 今から約3000年前と約5000年前、それと約7200年前に、元禄地震並の大地震が起こり、房総半島を大きくしてくれたことは間違いない。
●建物の倒壊が多かった神田神保町
地震には、「海溝型」 と 「直下型」 がある。 よく言われるように、日本には太平洋プレート、北米プレート、フィリピン海プレートの3つが潜りこんでいるので、海溝型の地震がやたらに多い。 93年前の関東大震災も海溝型。 この地震では大火が起こったので、実際の倒壊率はどの程度だったかがよく分かっていなかった。
それが、近年になってから、倒壊率が最も高かったのは神田神保町の交差点から水道橋の駅に至る帯の地点だということが分かってきた。 周りは震度5程度だったが、この帯地帯は震度7。
江戸時代までは、ここに日本橋川が流れていた。 江戸城を洪水から守るために、この川の大改修が行われ、現在の中央線や総武線沿のお堀の流れに変えられた。 この埋め立てられた神田川の跡地が脆かった。 東北地震で浦安で大規模な液化現象が起きたと同じことが、神保町から水道橋までで起こっていたらしい。
●あいまいな「立川断層」 の危険度
埼玉の飯能市から東京の青梅市、立川市を経由して府中市に至るまでの34キロにも及ぶ立川断層。 2009年に、マグネチュード7.4にも及ぶ大地震が起こる可能性があると報告されて、一躍注目されるようになってきた。
2012年に、日産自動車の工場跡地で大規模な調査が行われ、自然の岩が過去の地震で切断された欠片が発見されたとの報告があった。 ところが、これは基礎杭の欠片で、活断層による被害のものではなかった。
立川断層による地震が起こったのは、400〜500年前だというのなら話が分かる。 それが最後に起こった地震が、1万3000年から2万年前のことだという。 1万年以上の活動間隔を問題にすべきことなのだろうか?
立川断層で、地震が起きたと言う古文書は未だに発見されていないという。 だとしたら、いつまでも消費者に心配をかけさせる必要はないと考えるのだが‥‥。
●常識以上のガル (加速度) の発生と対応の遅れ
加速度と言うのは地球の引力のことで、980ガルという単位で表示される。 もし地震の揺れが980ガルを超えたら、地面にある岩が飛び上がることになる。 日本の地震学者は、まさか980ガルを超えることはないと考えてきた。 建築学界も500ガル程度を目安にしてきたし、原発は450〜600ガルで十分だと考えていた。
ところが、2004年の中越地震の川口町では2516ガルを記録し、激震地の田麦山では90%が倒壊していたし、武道窪にいたっては25棟の内倒壊していないのが1棟だけ。 筑波大や信大の先生方は倒れた家だけを見て、倒れていない住宅の調査をやっていない。 そして、2500ガルを突破していたのに、その危険性の注意の喚起も怠った。 それで、私は怒った。
豪雪地川口町では、一階はダブル配筋の高床式。 この高床のコンクリート造はほとんど被害を受けていなかった。 柱も最低4寸角で、5寸角が多かった。 しかし、残ったのは外壁に合板を張ったスーパーウォールだけ。 後は見事に倒壊。 外壁の構造用合板が倒壊を防いでいた。
しかし、内部の石膏ボードはスジカイの面外挫屈で全部吹飛ばされ、柱は軒並み床からはみ出していた。 全ての柱の足元の補強と、スジカイの排除が最重要課題だと物語っていた。
そして、2008年の岩手・宮城内陸地震では、一関市厳美町で4021ガルを記録。
原発や超高層ビルの設計基準が、500ガルていどだとしたら、一斉に補強工事をすべきではないかと、部外者の私は考える。
●「緊急地震速報」 と 「予知」 の違い
気象庁は2007年から 「緊急地震速報」 を出している。 この原理は単純なもの。 遠くで雷が光って、しばらくしてから音が聞こえるように、張り巡らせた地震計が地震のP波を感じたら 「地震速報」 を発表する。 しかし、せいぜい10秒前の速報。 これでは250キロで走っている新幹線が急ブレーキをかけても間に合わない。 魚沼トンネルは目茶目茶に壊れてしまったが、3分前にとき325号が通過していて助かった。 しかし、このとき325号は脱線して傾いた。 だが、155人の乗員の命は助かった。
日本の新幹線は、大事故を起こしていないことで有名。 しかし、何回となく今一歩で、偶然の幸甚で助かっているだけではなかろうか。
新丹那トンネルは7959メートルは活断層を突っ切っている。 50メートル離れたところに7804メートルの丹那トンネルがある。 この時は、活断層のことが分かっておらず、工事は難工事。
しかも1930年に直下型のマグネチュード7.3の北伊豆地震に遭遇し、トンネルが活断層部で2.7メートルもずれてしまった。 現在もS字型に曲がったままだが、誰もこのことを知っていない。
このため、眠ったままの人が多いが、筆者は新丹那トンネルを通る度に冷汗をかく。
●3大地震多発地と地震のない安心な場所
年に50回以上地震を感じている日本の3大地震多発地がある。1つは釧路から根室、帯広にかけての太平洋岸。 太平洋プレートと北米プレートがぶつかっている世界でも最も地震多発地の千島海溝。
北海道は2000万年前は、西と東は別の島だった。 それがプレートの動きでぶつかり、中央に日高山脈と言う地震地帯も出来た。 このため、十勝を中心に地震に強いツーバイフォー工法が普及したということになる。
もう1つは、和歌山市周辺の狭い地域。 ここは大きな地震は起きないが、小さな直下型地震が良く起こる。
もう1つは、茨城南西部から千葉の北部にかけての地域。 ツーバイフォーの石田ホームやかつてのフジタホームの地元。 3つのプレートが衝突しているので、地下で歪みが溜まりやすい。
逆に、地震の心配がないところは、北海道の東北のオホーツク沿岸。 流氷が押し寄せる寒いところ。しかし、ここだけは、日本で唯一地震が起きそうにもない地域だという。
●ダムよりも大きなシェールガスの採掘
人間が造った構造物で、今まで問題になったのはダムと人造湖。 ダムによる地震で有名なものはインド西部のコイナダム。 貯水が始まった5年目の1967年にマグネチュード5を超える地震が2度起こり、その後にマグネチュード6.3の地震が起こり、死者約200人、負傷者2300人を出した。
その後もマグネチュード5の地震を数回経験。
このほか、世界の人造湖やダムによる地震発生の報告は枚挙にいとまがない。
アメリカでは、西海岸のカリフォルニア州とアラスカ洲以外では地震が発生しないと言われてきた。
ところが、水圧破砕法によって取り出すシェルガス・ブームで、今まで地震がなかったオクラホマ州、ァーカンソー州、コロラド州、ニューメキシコ州、テキサス州でもマグネチュード3〜4の地震が2011年の時点で20世紀の6倍以上も発生している。
とくにオクラホマ州は、2014年は6月19日の時点で207回を記録し、カリフォルニア州の140回を上回ったと言う。 したがって、カリフォルニア州で普及を見せはじめている ツーバイフォーをより完全に地盤に固定するために開発されたアンカー・タイのシステムが、全米に普及するかもしれないというのが、私の個人的な感想。
●地震ではノーマークだった中越
2004年に中越地震が、2007年にはいずれもマグネチュード6.8という中越沖地震が起こっている。
とくに中越地震は2500ガルを突破した直下型地震で、私は3回に亘って川口町の調査に出かけた。
当時は、地震の原因は不明だった。
しかし、著者は両方の地震の中心地から20キロ離れたところにあった 「南長岡ガス田」 で、地下500メートルで高圧水を注入して、岩を破砕してしてガスを入手していた。 この水圧破砕法の導入で生産を8倍に増やしていた。
その後温暖化が問題になり、経産省の環境産業技術研が、2003年からこのガス田跡に二酸化炭素を圧入する実証実験をやっている。 地下約1100メートルに、20〜40トン/日、合計1万トン以上の二酸化炭素を圧入する実験を‥‥。
この実証実験は2003年度と2004年度で終わっており、現在は地上設備も撤去されている。
筆者は断言していないが、この水圧粉砕法と経産省の二酸化炭素注入実験が、ノーマークだった中越で2つの大きな地震を引き起こした原因ではないか、と問うているように私には思える。
二酸化炭素の地中埋設は、一つの理想形として語られてきたが、この著書を読むと疑問視したくなってくる。
●阪神淡路は明石海峡の橋脚工事が原因?
もう1つノーマークの阪神淡路大震災。 基礎に鉄筋が入っていないのを見て、「これじゃ、直下化型の震度7には耐えられない」 とつくづく思った。 そして、被害を受けたのは無防備な木軸だけでなく、鉄骨造や鉄筋コンクリート造も弱かった。
ツーバイフォーは抜群の耐震性を見せていたが、耐力壁を無視した間口の小さいM社の住宅は倒壊していた。 工法が優れていても、約束事を守らないと倒壊するという良い教訓。
この神戸の地震の原因が、明石海峡の海の中に造られた橋脚が原因ではなかったかと筆者はこっそりと問うている。
水圧破砕法は、何もシェルガスだけに使われる技術ではない。 日本では、地熱開発に多用されるはず。 そして、明石海峡では、主橋脚の一つを海中で造っている。 海底に穴を開け、岩盤をさらに掘り下げて橋脚の基礎をつくっていた。
この技術が、阪神淡路大震災の直接の原因だという根拠はない。
しかし、便利さだけを追求する技術は、往々にして落とし穴が待っているかもしれないと、筆者は指摘している。