2014年07月15日

期待した金物工法が伸びない原因は、生産性の低さ (上)


今から40年前、地場ビルダー仲間とオープンな形で日本へツーバィフォー工法を導入したのは、(1) 他のあらゆる工法に比べて耐震性がズバ抜けて良かったこと。 (2) それまでの日本の木造住宅は江戸時代のように数年ごとの大火に見舞われ、耐火性能が著しく劣っていた。 (3) そして、何よりも生産性が高く、人件費の高いアメリカでは白人大工さんを使いながらも日本より坪単価が安がった‥‥という3大理由が明白だったから。

まず、地震。 
ツーバイフォー工法がオープン化して3年たったばかりの1987年6月の仙台沖の (震度5強、M7.4) の地震で、建築中のツーバイフォー工法の住宅が倒壊した。 その原因を何とか探り出したかったが、当時は現場へ赴くことも、資料を集めることも出来ず真の原因は不明のままに‥‥。

そして、今から19年前の1995年1月17日に、あの神戸で直下型の震度7、マグネチュード7.3の地震が発生した。 六甲アイランドでは500ガル強を記録したが、幸い5時47分という早朝の時間帯で、調理開始前だったので 死者は6400人を越えたが、火災による被害は最低限の規模に抑えられた。
しかし、現地の被害地を見て愕然とした。 
関西は地震がないと伝えられていて、無筋の基礎コンクリート造が1/3近くを占めていたように感じた。 それらがすべて破損。 そして、在来木軸は軒並み被害を受けていた。 私が見た範囲内では、無傷の住宅は皆無に近かった。 S社のモデルハウスは何ヶ月もブルーシートが架けられたままだったし、ほとんどの木軸は通し柱が折れ、1階部分がペシャンコに。
このため、1階で寝ていた高齢者を中心にした多くの人が、押し潰されて即死。
また、A社のプレハブ基礎は完全にひっくり返っていて、基礎工事は現場施工に限るということを雄弁に物語っていた。
鉄骨のプレハブアパートも、パネルが暴れてグシャグシャ状態。
こうした中で、同じ木造住宅でもツーバイフォーは強かった。 ほとんど被害らしい被害はなかった。 だが、M社のもので倒壊したのが2棟あったと専門家は報告していた。 私が見たのは間口が2.5間しかなく、耐力壁が1Pしかなかったもの。 耐力壁が外壁の1/5しかなかったので耐えられず、1/60ラジアン以上の傾きで完全な倒壊物件。 しかし、隣家が迫っていたので寄りかかった状態でペシャンコになれないでいた。 
こうしたこともあって、阪神淡路大震災ではツーバイフォーは無傷だったという誤謬が蔓延し、業界から緊張感が失われた。

これに対して、徹底的な非難を浴びたのが木軸工法。
それまでの木軸工法は、スジカイと羽子板ボルト程度でしか武装していなかった。
そして、大工工事を合理化するために、工場でのプレカット化が大流行。 
つまり、通し柱にホゾ穴を掘ったので、通し柱が軒並み大きなホゾ穴の部分で折れ、1階が潰れて2階建てのほとんどが平屋になったというのが現実。
つまり、3寸5分 (10.5センチ角) の通し柱に、大きなホゾ穴は掘れないということ。
木軸の命は 継手と仕口。 
その胴差部分のホゾミゾが使えものにならないということは、木軸工法の完全否定になる。 つまり死刑を命じられた状態‥‥。
正直なところ、神戸の潰れた木軸の廃墟群を見て、「もう木軸の時代は終わった」 と感じた。
北米のポスト&ビームは、太い鉄の金物を現わしで使っている。 繊細さを求める日本の消費者は、いかに耐震性のためとはいえ、そのような金物を採用することは許してはくれまい。 となると、他に手段がないではないか!

ところが、日本人の知恵者は、金物を現わしにして使うのではなく、通し柱に金物を打ちつけ、梁、胴差、敷桁などに細い穴を掘り、その穴に金物を埋めて、通し柱が簡単に折れない金物工法を開発した。
つまり、今まで世界で見ることが出来なかった薄くて剛な金物のシステムを開発することによって、通し柱が折れるという木軸の欠点を完全にカバーした。
まさに、窮余の一策。
こうして、地獄を見た木軸は、蘇生したのである。
ただし、金物工法は、その金物をかなり使うのでコストが高くなり、予想したほどの普及は見せていないという話を聞いた。
金物工法の現場をそれほど覗いたことのない私は、「普及していないのは金物そのもののコスト高」 という俗説に、ずっと流されてきた。
ただ、昨年から今年にかけて、カネシンやタツミ、FPの家など、多くの金物工法の現場に立ち会うチャンスを得た。 その結果、金物工法というのは、鳶職を使った建て方までは大変に工期が早いことを知った。 これは10年前に見たトステムのスーパーウォールやスーパー・シェルと同一の印象。 また、最近見た一条工務店の現場の印象も同一。
つまり、建て方までは早いが、それ以降は従来の大工さんにオンブにダッコで、生産性が非常に低い。  つまり、建て方まではそれなりに工夫が凝らされているが、肝心の大工さんによるボード下地工事や石膏ボード工事 (ドライウォール工事の不勉強)、造作材工事の生産性がアメリカの1/2以下。

17年前の阪神淡路大震災から学んで、通し柱が折れない工法を開発したまではご立派。
しかし、それ以降は、日本の木軸の約束事に縛られ過ぎているのと、クローズド工法の限界から先へ一歩が踏み出せないでいる。
今から10年前の2004年10月23日に、中越地震が起こった。 これも阪神淡路大震災と同様に直下型の震度7で、マグネチュードは6.8。 最も被害がひどかった川口町の地震計は、なんと六甲アイランドの5倍の2515ガルという常軌を逸した記録を残している。 (その詳細は2004年11月1週から2005年1月4週に及ぶ12回に亘る報告書を読んでいただきたい)
この烈震地・川口町に、渡部建設は数棟のスーパーウォールを建てていたが、外壁に構造用合板を採用していたので1棟たりとも倒壊はしていなかった。
しかし、烈震地ではホールダン金物のネジ先が千切れたり、中通りの柱が床板から飛び出してハズレているとか、内部スジカイが面外挫屈によって石膏ボードのすべてが吹き飛び、気密性能がガクンと落ちていた。 神戸では見ることが出来なかった被害。
この中越地震に比べると、2011年3月11日の東日本大震災はマグネチュード9.0という記録的な規模で、揺れている時間はやたら長かったが、震度は6強のところが多く、津波の被害を除けば、地震そのものは、阪神淡路を下回っていたというのが私の印象。

したがって、東日本大震災で被害が少なかったかったからと言って、それは自慢出来る話ではないというのが私の意見。 地震の被害が皆無というのが、住宅業者の当然の義務。
それにしても、交通関係やビルの天井など、RC造や鉄骨建築の脆弱さが やたら目立つたのが東日本大震災の特徴だったと思う。 
そして、金物工法は、こうした中越地震や東日本大震災から、基本的なことを学んでいないという気がしてならない。
posted by uno2013 at 06:29| Comment(0) | 技術・商品情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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