2014年05月25日

水を売っているサントリーの、本気の 「天然水の森」 保全活動



山田 健著「水を守りに、森へ」(筑摩選書 1500円+税)

水を守る.JPG

この本は、2年前に刊行されたもの。
ブックセンターで手にした時、著者の経歴を見た。 
東大文学部卒でコピーライターとしてサントリーへ入社、とあった。 いかに尊敬する開口健の後輩とはいえ、コピーライターでは私の書評欄で取り上げることが出来ないと反応的に考え、放り出してしまった。
ただ、このところ山林関係の面白い本に出会わないので、図書館を漁っていたら偶然に再会。
期待もせずに読み始めたところ、やたらに面白い。 
私は山林関係の本を少なくとも数十冊は読んでいる。 中で一番面白いのが間違いなくこの本。
コピーライターを辞めて、自ら 「天然水の森」 を開発するために基本理念と活動方針を書き、役員会を通し、多くの専門家を訪ねてチエを借りるとともに研究を依頼し、毎日のように森を訪れて実態解明と解決策の模索に忙しい。 
なんと東京ドームの1000倍の約4700ヘクタールもの森を国や山林地主からタダで借り、サントリーがカネをつぎ込んで天然水の森を整備し、保全する八面六臂の活躍‥‥企業だけでなく、国をも動かす大活躍に、思わず引き込まれてしまう。
当初は、「独善的な週刊書評」 に掲載すればよいと考えていた。 だが、内容があまりにも素晴らしく、短い書評欄では書ききれない。 そこで、急遽この欄で取り上げることにした次第。


世の中には、ビールをはじめとした酒類やコーヒーやジュースをはじめとした各種の飲料水を製造しているメーカーは、ゴマンとある。 それらの工場は、基本的には物流の良い場所を選んで立地している。 つまり、原料搬入に便利であり、製品出荷に有利な立地が最優先される。 
このため肝心の《水》については、川の水や水道水を浄化しているのがほとんど。 中には工業用水を浄化して使っているところもあるそうな。
ところが、サントリーの工場の立地は、不便なところが多い。
それは、工場の立地の第一条件が、「良質な地下水が豊富にあること」 で選別しているから。
かつて最初にウィスキーの生産に乗り出した時、最適な仕込み水を探して全国を調べて回った時の経験値が、企業のDNAとして根付いているのであろう。
調べてみると、サントリーはウイスキー、ビール、ワイン、ノンアルコールなどの酒類で475種にも及ぶいろんな商品を売り出している。 天然水や伊右衛門などの飲料水は196種にも及ぶ商品を‥‥。 つまり、サントリーの工場は地下水に依存しており、地下水こそがサントリーの基本的な生命線。
この生命線を維持するため、安全性に関しては国以上の厳しい基準を設け、定期的に品質チェックを行い、取水制限も守っている。 
だが、地下水が流れてくるのは川上の森から‥‥。 その川上の森の調査や管理までは行われていなかった。
そのことに気がついたコピーライターやデザイナー仲間が、「天然水の森」 の企画書を書き上げ、役員会でプレゼンテーションを行ったと言うから、確かにサントリーは自由な雰囲気がある結構な会社。

この 「天然水の森」 というのは、一口で説明すると、「全ての工場で汲み上げている以上の地下水を、水源となっている遠い森で涵養しょう」 というもの。
この提案のポイントは、こうした運動は社会貢献とかボランタリーではないということ。 
地下水と言う天然資源に全面的に依存している会社が、持続的に生きてゆくには、水源である森を涵養する義務がある。 その義務を、基幹事業の1つとして社内的に位置付けして行くべきだという提案。 
普通だと、森の涵養を行うのは中央か地方自治体などの公共機関の仕事であって、民間が自腹を切って行う基幹事業だとは誰も考えていない。 ところが、サントリーではこんなプレゼンテーションが、本気で役員会に諮られる。 
そして、創業者の孫の鳥井社長が、「おもろいやないか。 やってみなはれ」
の一言で、あっけなく通ってしまったのである。
目標面積は東京の山の手線の内側面積よりも1割も多い7000ヘクタール以上。
(同社のホームページ http://www.santory.co.jp/eco/forest/ で調べたところ、現時点では12都府県17ヶ所で、4654ヘクタールが進行中。 ほとんどが30年以上の契約。 東大の分を加えると目標面積はほぼ到達している勘定にはなるが‥‥。 ちなみに日本の森林面積は2510万ヘクタール。 うち国有林が769万へクタール、公有林が283万ヘクタール、私有林が1458万ヘクタール。 この私有林の4大山林地主が、@王子製紙 18.3万ヘクタール、A日本製紙 8.2万ヘクタール、B三井物産 4.4万ヘクタール、C住友林業 4.0万ヘクタール。 したがってサントリーの7000ヘクタールという目標面積は、日本の森林面積のわずか0.03%を占めるにすぎない。
しかし、その0.03%が予想以上のインパクトを与えている)

2002年に 「天然水の森」 事業の社内稟議は通ったが、当時の筆者の林業に対する知識は、いたって貧弱なものにすぎなかった。 そこで、まず厚い図鑑を2〜3冊持って山へ入り、片っぱしから樹木や生えている草名を調べた。 その後も、植物関連、森林生態、森林土壌、森林整備、木材利用、木材流通、地下水関連の本を漁った。 中には定価が8万円もする最新樹木根系図説も含まれている。
ともかく、コピーライターから天然水と森林のプロと呼べるようになるために、驚くほどの努力を筆者は続けている。
戦後、禿山になった森を再生するために、成長の遅い広葉樹に替えて、真直ぐ育つスギ、ヒノキが植えられた。 1ヘクタール当り3500〜1万本の苗木が植えられる。 5年ほどたっと下草やツルが絡んで成長不良品が出てくるので1回目の除伐が行われる。 そのあとも5〜10年ごとに20〜30%の間伐をくり返し、最低でも40〜50年かけてやっと木は育つ。 ところが間伐が行われないと線香のようなひょろ長い木の林になり、光が届かないので下枝は枯れ、真っ暗な地面には一本の草も生えなくなる。 大雨が降ると、表面を水が走る。 
とくにひどいのはヒノキの人工林。 葉が吹き飛んで蓄積しない。
山林地主の中には、最初から間伐をやる気のない者も居たよう。
つまり、「補助金が出たから、ガケの上まで植林した。 間伐までを義務化されていたら、誰があんなガケに苗を植えるものか」 という本音も聞かされるという。
サントリーの 「天然水の森」 の第1号は、熊本の阿蘇になる予定だった。 熊本にビールと清涼飲料水の工場を建設中で、60年間の契約で国有林を借りて整備事業を行う予定だった。 林野庁の計画では間伐の期間が長過ぎ、下草が育ち難い。 そこで、余分な間伐の許可も得ていた。
だが、この契約を進めているうちに、筆者はグループ会社への出向を命じられた。

そして、「工場の水源エリアの森を涵養する」 という当初の目的はどこかに置き忘れられてしまった。 焦った筆者は2006年にサントリー本社の役員に、「天然水の森」 へ異動させて欲しいと直訴した。 もちろん、「コピーライターの仕事は辞めても良い」 という強い意志を表示した上で‥‥。
エコ事業部に復帰した筆者が最初にやった仕事は、「天然水の森の基本理念の確立」 と 「活動方針の明確化」。
基本理念では、「地下水を利用している各工場の地下水資源の涵養力を高めることは、当社にとっては基幹事業。 事業である以上は、数値目標と品質目標が不可欠。 
数値目標は各工場で汲み上げている地下水量を涵養出来るだけの面積の森を確保すること。 品質目標は水源涵養力の向上。 そのために、「大学などの研究機関などと共同研究を行い、全ての森に研究者を配備してゆく」 というもの。
活動方針では、日本では地下水涵養力の高い森へ誘導するための理論技術が確立していない。このため、リサーチが不可欠で、実験的施業とならざるを得ない。 
施業の面積は最低50ヘクタールとし、契約期間は最低30年とする。 
また、植樹は遺伝子系にまで配慮して出来るだけ地元産のものを採用し、必要な作業道などは英知を結集し必要最小限にとどめる‥‥というもの。

この基本理念と活動方針に沿って、筆者の活動が始まる。
まず、日本では水か豊かな国と考えられているが、1人当たりに換算すると世界平均の26%にすぎない。 また地下水の滞留期間はヨーロッパの数百年以上に対して日本は数年から長くて数十年。 このため、日本のミネラルの少ない軟水が圧倒的。
つまり、日本では毎年湧きだしてくる地下水量のわずか数十倍しか貯蔵されていない。 そして、地下水量を減少させるような無間伐行為が続いている。 これはとんでもない重大事だと筆者はフンドシを締め直している。
そして、活動方針でも取上げていることだが、地元の遺伝子をもっち樹種に拘り、多様な樹種による多様性にも拘っている。
地下水の涵養力は、実際に調べてみると土地によって大きく異なる。 7000ヘクタールを調査し、整備すると言うことは天文学的な努力が求められる。 ところが、サントリーの役員は一人として7000ヘクタールに反対した人はいない。
ウィスキーやワインづくりにはやたらに時間がかかる。 ブドウは実を取るまでに20年。 さらに熟成までに10〜20年。
ウィスキーの場合は、樹齢100年のオークで樽をつくり、原酒を何年間も寝かす。 そして樽そのものの寿命は60年。 こういった気の長い世界で育っているので、7000ヘクタールに対して誰も驚かない。

そして、新設した水科学研究所で全国の水源涵養エリアを調査している中で、東大の水フォーラムの7人の諸先生との交流が得られた。
たしかに、森が出来ることによって葉や草が堆積し、木や草の根が大地を耕し、育土よによって地下に水が沁みやすくなり、川の水量も年間を通じて標準化される。 
しかし、オーストラリアや黄河の源流域などでは、植樹をすると地下水の水位が驚くほど速く低下しているという事実が知られている。 木が地下水を吸い上げてしまうのだ。 つまり、乾いた土地では、植樹が地下水の増加にはならないという。
山で一番大切なことは、5月23日付週刊書評448号の西村和雄氏も取り上げている通り、不耕起による土壌改良だと筆者も強調している。
そして、「森づくりは、道づくり」 そのものであることを声高に強調。 
安くて水か走らない安全な四万十式・森林道作りの達人・田邉由喜男氏の幾多の具体例を紹介してくれている。 この道づくりは、まさに目からウロコ。

この著書の半分も紹介しないうちに、紙数が尽きてしまった。
このあと、森を荒らす鹿の話や、竹林の怖い存在。 そしてカシナガの発生や松枯れ。 また鳥などの貴重な存在など、興味のある話が続く。
税込みで1620円を出しても、絶対に損をしないことを保証いたします。 ぜひとも買って、一読して頂きたい。



posted by uno2013 at 16:14| Comment(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。