2013年11月20日

この2年間に読んだ中で、一番面白く勉強になった本。


アリス・ロバーツ著 「人類20万年 遥かなる旅路」 (文芸春秋 1900円+税)

人類20万年.JPG

著者は1973年生まれと言うからまだ40歳のイギリス生まれの女医にして解剖学者。
古代の人骨に詳しく、古人骨に見られる病気の痕跡の研究で博士号を持つ。 セヴァン大の解剖学科長、ハル・ヨーク医大の名誉研究員、ブリストル大の考古人類学名誉研究員を兼任して、2012年よりバーミンガム大の教授に‥‥。
筆者がBBC (イギリス放送協会) から、「太古の人類の足跡をたどって全世界をめぐる旅に出かけませんか」 との声をかけられたのは今から6年前の34歳の時。
BBCの計画では、2008年の春から夏にかけて6ヶ月に亘って まずはアフリカ大陸を訪れ、次はインド経由で東アジアからオーストラリアへ。
さらにロシアの北極圏を訪れてからから中国大陸へ。  それから中近東からヨーロッパへ。
そして、最後はカナダとアメリカの北アメリカを訪ねて、南アメリカで旅を終えるという壮大な計画。

この計画を見せられた時に、断る者はいないだろう。 ともかく若いアリスさんは、1も2もなく承諾した。 すぐにでも飛び出したいような気分だったと記している。
しかし、承諾はしたが、当時ブリストル大の解剖学部で続けていた講義と、研究を進めていた中世の人骨の調査を一時中止しなければならない。 まず、その了解を上司に取る必要がある。
それに、予備知識を得るための猛勉強も必要。 
これが放送されれば、単にイギリスだけでなく、全世界で話題になるはず。 したがってBBCの名誉のためにも、彼女自身のためにも、いい加減なコメントは出来ない。 いかに若い女性であっても、学問の世界は甘いものではない。 世界の研究者が納得し、受け入れてくれるものでなければならない。 
そう考えると、受けたプレッシャーは大変なものだったろう。
だが、さすがはBBC。 延べ44ヶ所にも及ぶ訪問先をきちんとアレンジしてくれただけでなく、説明してくれる最適の専門家を厳選してくれていた。
しかし、その訪問先の知識だけでは勝負が出来ない。 訪問先をはるかに上回る遺跡などの記録を学習しなければならない。 そうしたあらゆるデータを網羅した上でのコメントでないと、それこそやり玉に上がりかねない。
彼女の記述を見ると、日本のアイヌ民族や沖縄の遺跡までを踏まえて、世界の70ヶ所以上の洞窟などの情報を得て、これを体系づけ、整理している。 その博識ぶりには頭が下がる。

それでも、本来は大いにビビるところ。 だが、若さがそれを克服してくれている。
また、やさしくて気取らない美貌の女性であることが、大いに味方をしていることが旅の折々の文筆の行間から滲み出ている。
そして、撮影されてから放送されるまでには、1年以上の追加調査と準備のための期間が必要だったと思う。
さらに文章化され、日本語に翻訳が終わって出版されるまでに、なんと5ヶ年近い年月がかかっている。 それだけに、練りに練り上げられた内容。

私がネアンデルタール人や北京原人のことについて学習したのは、40年以上も昔のこと。
以来、考古学や人類学のことはすっかり忘れ、もっぱら鉛直荷重とか、面外挫屈とか、顕熱交換機とか、Q値およびC値などに血道を挙げてきた。
そして、この本を読んで、初めてネアンデルタール人とか北京原人という旧人類は、いつの間にか完全に姿を消していたことを知った。
そして、現在地球上に存在する人類は、「現生人類」 と呼ばれ、20万年前にアフリカの1人の女性を母親とする 共通の祖先を持った人種だと知らされた。 
現生人類は、旧人類に比べて優れた石器を開発した。 とくに弓と矢、槍投げ器には格段の進歩が見られるという。 しかし、中国などのアジア各国では、石器はそれほど進歩していない。 
これは竹という有機物の素材が簡単に入手出来たからだという。 軽くて加工が容易で、簡単にナイフになり、槍としても使えた。
そして、現生人類は装飾品や楽器などでも旧人類をはるかに凌駕していたという。
今から20万年に誕生した現生人類は、およそ7万年前に 「描き、歌い、踊りながらアフリカを後にした」 という。 彼と彼女らには、ネアンデルタール人をやっつけようとか、北京原人を滅ぼそうなどという敵対意識などは一つもなかった。

アフリカに生まれた先祖が、世界中に移住するようになったのは、個体数が増え、新しい生活の場が必要になっただけ。 
「人類20万年の遥かな旅」 というのは、後からつけた比喩にすぎない。 祖先たちは、最初からどこかへ行こうと計画したわけではない。 積極的に新開地を開こうと考えたわけでもない。
まして、「旅」 という概念があったわけではない。
他の動物がそうであるように、個体数が増えると拡散しなければならないという必然的な法則に従ったまで‥‥。 したがって、祖先の長期間の移動を、特別に英雄視したりするのは間違っていると筆者は強調している。
そして、現生人類の移動は、下図のように拡散し続けた。

現生人類の移動.JPG

しかし、アフリカの黒人を共通の祖先とするなら、何故肌の色が白いヨーロッパ人や、黄色い特殊な顔立ちの東洋人が育ったのかという初歩的な疑問にぶつかる。
ヨーロッパ人の肌の色が白いのは、日射が少なくなったのでいくつかの遺伝子が変異し、皮膚細胞におけるメラニンの生成が減少しただけのこと。 30%の要因は、SLC24A5という遺伝子の変異がもたらしたものらしい。 また、北部と東部ヨーロッパ人の髪や目の色が驚くほどヴァリエーションに富むのは、遺伝的浮動の産物か、「色素遺伝子」 が、自由に変異するようになった結果だという。
一方、アジア人の目が細く、鼻が低くて丸い顔立ちと胴長の体格は、どんな遺伝子がどのように関わった結果か、あるいは気象などの諸条件によるものかは、未だに学問上明らかになっていないという。
しかし、肌の色や顔立ちは異なるが、現生人類は祖先が同一で、色や形で優劣をつけることは全くナンセンスだという。

考古学は、初期の人類の化石の発見から始まった。
最初は頭や骨など身体の研究が中心だったが、次第に文化とか考古学的な遺物にも関心が向けられられるようになってきた。
そして、遺物や人骨が埋設していた地層や氷層の研究が不可欠になり、次第に地質学者が動員されるようになり、やがて氷河期の研究が次第に重要性を帯びてきて、気象学者が活躍する場が増えてきた。
このほか、石器が中心に研究されるようになり、250万年前のオルドワン石器だとか、170年前のアシュール石器だとか、25万年以降の中期旧石器時代だとか4万年前の後期旧石器時代という分類がなされるようになってきた。
そして、考古学的な遺物が 何万年前のものかという年代測定の技術開発がポイントになってきた。 詳細な技術の紹介は省略するが、現在では放射性年代測定法と、ルミネッセンス年代測定法が主力になっている。
このほかに、近年になって遺伝子から人類を解明する試みが多くなされている。
DNAのうち、細胞の発電所といわれているミトコンドリア (mtDNA) が非常に注目され、この著書の中でも何回となくミトコンドリアの話が出てくる。
つまり、この本を完全に読みこなすには、人骨から始まって地質学、気象学、石器に関する基本知識、年代測定技術、ミトコンドリアを中心とした遺伝子のことまで分からないと完全に理解はできない。 いやはや。

この著書は500ページにも及ぶ。 暇な私ですら 読み終えるまでに5日間かかった。
多忙なサラリーマンだと、最低で2週間はかかるだろう。 したがって、気楽にお薦めが出来ないのが悩み。
この物語は いつ頃、現生人類はアフリカを出発したのか。 どの経路を、いつ頃進んだのか。
船を使ったことがあるのか。 とくに北アメリカへの移動は、いつ頃どのルートで行われたのか。 ネアンデルタール人と遭遇し、争いになったことはあるのか。 ネアンデルタール人とか北京原人などの旧人類はいつ頃消滅したのか。 その消滅の本当の理由は何だったのか‥‥。
ともかく、尽きないテーマを追って、著者は太古人と同じ猟をしたり、ハイエナやヒョウがウロウロする池のそばで 身の縮む思いで無防備な夜を過ごしたり、マイナス70度のシベリアを凍えながら旅をしたり、と 手に汗を握る冒険をいくつかこなしている。 いずれにしろ、若さゆえの身ごなしの良さに感動させられ、グイグイと惹き込まされる‥‥。

たしかに、あまりにも専門的に過ぎる著書。 
それゆえにこそ、常日頃仕事に忙殺されている現代人の皆さんに、お正月休みでも利用して是非読んでいただきたいと思う。 目からウロコの、今年一番の名著だということを保証したい。



posted by uno2013 at 06:56| Comment(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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