2013年10月31日

プロが語り、プロが書いた「南極を面白く科学する」物語。


ゲイブリエル・ウォーカー著「命がけで南極に住んでみた」 (柏書房2500円+税)

南極.JPG

南極とか宇宙などは、 住宅屋にとっては全く関係のない別次元の世界。
しかし、どうしても好奇心がそそられ、古くはアムンゼン、スコット、白瀬中尉の物語をはじめ、西堀栄三郎氏の「南極越冬期」など、何んだかだと10数冊は読まされてきた。
著書だけではなく、1980年代にフジテレビ・高倉健主演の「南極物語」や、堺雅人主演の「南極料理人」、さらには昨年TBSテレビ開局60周年記念として放送した木村拓哉主演の「南極大陸」なども、何となく見てしまった。
しかし、多くは宗谷建造物語であり、犬ソリの大活躍物語か、平凡な越冬日誌にすぎない。
各国が大金を投じて研究者を送り込んでいるのは、分かっていないことを科学し、新しい発見を通じて人類に貢献するため。
したがって、専門的な難しい報告書は出されているのだろうが、私などはそれを読んでもチンプンカンプンで、内容を正しく理解できない。
そこで、つい手を出すのが一般人やジャーナリストが書いた 「南極に暮らす」 とか、「こちら南極、ただいまマイナス60℃」 とか、「南極へ行った男」 などという専門性のない安直な印象記。 そして、悪い文章力に嫌気がさし、途中で投げ出したくなったのが今までの常。

ところがこの著は、今までの南極体験記とは全く違っている。
著者はイギリスの女性で、ケンブリッジ大で化学博士号を取り、ケンブリッジ大、プリンストン大で教鞭を執った経験を持っている。 現在はノンフィクション・ライターとしてエネルギー問題や気象変動などのテーマに取り組んでいる。
その著者が、南極にあるアメリカの3つの基地をはじめとしてフランス・イタリアの共同基地、イギリス、ニュージーランドなどを越冬しながら5回にわたって訪ねている。ただ者ではない。
そして、それぞれの分野で第一級の専門家から貴重な研究の成果を聞き出している。 したがってページごとに常にテーマが異なり、専門家の話を分かりやすく解説してくれているので、最後の一字まで飽きさせずに読ませる。
したがって、下手な探偵小説などより何倍も面白い。 読み物として絶対のお薦め品。


南極大陸はヨーロッパやアメリカ本土よりも広い面積を持ちながら、法的にはどこの国の領土でもない。 南極条例が1959年に12ヶ国で発令し、その後に37ヶ国が調印し、49ヶ国の批准で開発を禁止し、「平和と科学活動」 だけに専任している。
基地を持っている国は、アメリカがマクマード基地など3ヶ所、オーストラリア・ロシアも各3ヶ所、イギリス・フランス・イタリア・アルゼンチンが各2ヶ所、日本・ドイツ・中国・インド・ノルウェー・ニュージランド・南アフリカが各1ヶ所となっている。

この著書はV部から成っている。 
T部はアメリカのマクマード基地を中心とした東部沿岸。
この地域は氷結湖が沢山ある美しい湖沼地帯で、火星を想像させる水気のない風景のために 「地球の中の火星」 と呼ばれている。 この地域の沿岸では血液が凍らない魚とか、海氷の下には冬の間も泳ぎ続けるアザラシしとか、お馴染みのペンギン達がいる。
U部は南極点のアメリカのアムンゼン・スコット基地とフランス・イタリアのコンコ―ディア共同基地などの高原地帯。
この地域では天文観測の好適地で、巨大な天体望遠鏡が大活躍。
また、3キロも厚い氷には、地球の過去の気候の歴史がが分かる気泡が閉じ込められている。著者はその興味ある掘削に加わっている。
V部は南極半島を中心にした西部地域。
南極半島は、地球上のどこよりも温暖化が進んでいる地点の一つ。 この地域の氷床は滑りやすい岩の上に乗っているため、氷が海に崩落する可能性が高いという。この地域の氷がすべて溶けたら、世界の海水面は3メートル半も押し上げられるという。 海洋国日本だけではなく、世界各国が洪水に襲われるという。
何しろこの本は427ページに及ぶ長編。
とても全てを紹介することは出来ない。 その中で、私が気に入ったほんの1/50ぐらいの一部分だけを紹介したいと思う。


アメリカのマクマード基地は最大級のもので、基地に滞在する科学者の数は冬季は250人ほどだが、夏季は1200人までに増える。 学校に例えれば、1クラス40人としても30クラスの学生が居るという勘定になる。 食費に限ってみても1人が日に1000円としても120万円。 5ヶ月としたら約2億円となる。 この基地の経費は、すべてアメリカ政府が負担している。
研究者は、この基地を利用する義務として必要な訓練を受ける。 2日間雪の学校があって、テントの張り方、携帯用ストーブの扱い方、唯一の連絡方法である大型高周波ラジオの操作方法や、ヘリが墜落しそうになった時の取るべき姿勢などについてみっちり教えられる。
そして、研究者は基地の倉庫に保管されている膨大な貯蔵品の中から野外用の装備、寝袋、超低温用ウェア、ストーブなどが渡され、おびただしい冷凍食品の中から好みの食品を好きなだけ選ぶことが出来る。 準備が整ったところで、それぞれの研究テーマにふさわしい場所へ ヘリかスキーを履いた飛行機で運ばれる。

しかし、なかにはいつも基地の中にいても可能な研究もある。
海氷の下の過酷な環境の中で、古来から棲み続ける大皿のような海クモとか、ヌルヌルとして著者の身長の2倍もあるミミズのような巨大な虫とか、大人の手ぐらいある強烈な下アゴとのたうつ脚を持つ奇妙な生物とか‥‥。
サムはニューヨーク州の公衆衛生研究所の生物学者で、何年にも亘ってチームの面々と3〜5メートルもある氷の下の海水に潜っている。 まずドリルで細い穴をあけ、次に煙突掃除をするような格好でブラシで穴を広げ、ソーセージのように繋がった赤い爆薬を仕掛けてバチンと氷を割り、潜れるだけの穴をあける。 
海水温度はマイナス2℃ほど。 その中へサムのチームは1時間ほど潜っている。 1時間も潜っておれるのは、耐寒繊維の衣類を何枚も重ね着して、その上に合成ゴムのドライスーツを着ているから。 だが、手を温める方法は難しいし、口は露出したまま。 最初は痛いが、やがて痺れて感覚がなくなる。
潜水を終えて上がってくるとゴムのように唇が腫れていて数分間は喋れないし、聞いても意味不明。
海水は極めて澄んでいて20〜30メートル先まで見渡せる。氷の穴から差し込んでくる斜光は、イエスが放つビームのように美しい。 眼下のグレーの海底には変わった巨大な生物が沢山生息している。 水温が低いため動作はスローで、冷たい水はより多くの酸素を取り込み、大きなスペースがあるので大きくなれる。
魚は冷水を飲むので寒さには弱い。しかし、ライギョダマシという巨大魚は、不凍液めいた血液を持っている。
だが、こうした巨大生物ではなく、サムは肉眼でやっと見える程度の生きものに関心を持ち、そのキラキラ輝いている有孔虫について、話し出したらキリがない。


フランスのデュモン・ドゥルヴィル基地は、ペンギン研究者にとっては最適地。
すぐ近くにアデリーペンギンのコロニーがあるし、エンペラーペンギンも一年中近辺のコロニーで暮らしている。 
ペンギンの周期は4月に始まる。 カップルが結ばれ、2〜3週間後にメスは卵を1個産む。
マイナス20℃の世界だから、メスは慎重にオスの脚の上に卵を置くと、体力回復のため急いで海へ向かい、むさぼるように餌を漁る。
残されたオスは、猛吹雪の中で2ヶ月かそれ以上卵を脚で抱えて断食で過ごす。 
30歳前半のカロリーヌというストラースブール大の女性の研究者のテーマは、メスがエサを漁りに行っている時、卵が孵化するまでの2ヶ月余に及ぶエンぺラーペンギンのオスの観察。
アデリーペンギンで、同じ観察をしているのが長身のシェリー氏。
「オスが巣から解放される時期がポイント。メスが帰ってオスがエサを取りに行ってからヒナが誕生する。 メスの帰還が遅くなった時、オスはいつになったらメスの帰還を諦めるか。 いつまでも卵を抱き続けたら自分が餓死する怖れが高い。早まって決断したら卵は孵化せず、子孫を残せない。 シェリーが知りたいのは、どの時点で子孫を残そうという願望を、飢餓が断念させるかということ。 彼は、ストレスに反応するコルチコステロンという副腎皮質ホルモンのせいではないかと仮説を立てている。
そして50組のペンギンのツガイに水に落ちない識別符号をつけた。 そして巣籠りした日時、オスの毎日の行動、巣を離れたオスの体重、フリッパーのサイズ、嘴や胸、血液中のコルチコステロンの数値も測定した。
しかし、研究者にとって不幸なことは、オスが諦めた時のデータが取りにくいということ。その決定的な瞬間に、なかなか出合えない。
シェリーは双方のフリッパーにタバコの箱半分くらいの機械を、背中の両側に2つバンドでつけたペンギンを見せてくれた。 この機械で、オスが巣を放棄する状況が分かるという。
毎日体重を測り、血液を検査する。 断食を初めて数日の間に炭水化物は使い切ってしまう。そのあと、蓄積した脂肪を取り崩してゆく。脂肪が当初の2割程度にまで減ると、たんぱく質を燃焼し始める。疲れのピークに達すると、筋肉を犠牲にするようになる。その時点で体内で警戒信号が鳴り始める。
驚くべきことは、筋肉を破壊し始めた状況を、ペンギン自身が自覚していること。
そこまで分かってきているが、まだまだデータが足りないとシェリーは言う。


フランスとイタリアの共同基地コンコーディアのドームCは、3000メートルの以上の氷を掘削し、人類よりも古くから存在している大気の気泡を含む氷のコアを引き上げるための基地。
著者はこの新しいトライに感動し、ネイチャーをはじめ科学論文を読み漁り、十数人の科学者と議論を重ねてきたが、実際に掘削している現場を見たことがなかった。
ドリルのテントはサマーキャンプの建物からやや離れたところにあり、屋根は2階建てで、20メートルほど続いていた。
内部に入って衝撃を受けた。それは、掘削に使う液体の強烈な臭い。目まいや幻想が起きそうな強烈な臭いだが、1〜2時間もすると著者もすぐに慣れた。これはフォレーン141bという化学薬品で、オゾン層を破壊する性能を持っているので、特別の許可なくしては使ってはならないもの。
この液体は潤滑油ではなく、穴が塞がるのを防ぐためのもの。 
氷は極めて可朔性があり、頑固で元の状態に戻るには深さが1キロを超えると、ドリルを引き上げて次の操作までの短時間の間に穴が閉じてしまう危険がある。 この液体は、氷床に押されて挟まれても十分に耐えられる完璧な固形剤。
テントの床は木製で、天井に届くほどの垂直の高いスチール製のドリルタワーが圧巻。
ウィンチから巻き降ろされてくる頑丈なケーブルは、タワーから地面に消えてゆく。
向こう側の壁には、ドリルが1キロ、2キロ、3キロに到達した日付の3枚のポスターが貼られており、今年の残りの掘削はわずか数百メートルだと分かる。
迎えてくれたのはローランという掘削主任。
彼は、「掘削が次第に難しくなってきている」 と教えてくれた。 表面近くの氷はマイナス54℃だが、深くなるほど温度が上がって、岩盤近くでは地熱によって氷を融点近くまで温めている。 柔らかい氷は切りにくく戻ってくる筒はどれもカラ。 それだけではなく、カッターの刃が食い込むと周辺の氷が溶けて再凍結し、ドリルを永久に穴の中に閉じ込めてしまいかねない。
これを阻止するために、ローランはグリーンランド時代のアイディアを活かしていた。
最終段階でソーセージぐらいの長さの透明なビニール袋をポンプの筒に張り付けた。ドリルが回転を始めると、小型のスクリューがビニール袋を破り、ドリルヘッドにある脇にあった穴からアルコールを満たす。こうすれば、掘削機が出入れする間に溶けた氷が凍結する怖れがなくなる。
チームはこの仕掛けを、「コニャック爆弾」 と呼んでいた。
しかし、私が訪れた初日に1500メートルでギブアップ。
2日目は786メートルの場所でドリルが動かなくなり、これも失敗。
そして3回目。 ローランは次のように日誌に書いている。
「掘削作業は、一旦はどうにもならなくなったが、3270メートルの深さからドリルを回収出来て無事完了した。 氷は底までまだ6メートルほど残っていたが、政治的な判断とエコロジー的判断から私は手を付けずにおいた。 私たちは、氷の下の水が溜まっているている基盤は、汚染させなかったということを誇りたいと考えている‥‥」 と。
その夜、ドームCでは、ヨーロッパ式の盛大なパーテイが開かれ、ローランドは斧に近い包丁で、ダブルサイズのシャンパンのビンの蓋を叩き落し、全てが空中に飛び散った。


posted by uno2013 at 07:30| Comment(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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