2013年10月10日

高温多湿に悩むバイオリニストの本音を、どう事業化するか ?


今年の初夏、バイオにリストの千住真理子さんが、日経の夕刊に書いていた随筆を大切に切り抜いて仕舞っておいた。
「高温多湿」 と題する短い随筆で、読み流された方も多いと思う。 なにしろ日本の夏の 高温多湿 という難問に挑んでいる身の程知らずの私には、「ズキーン」 とくるものがあった。
約4ヶ月前のものだが、全文をそっくり掲載したい。


この季節が一番辛い。
高温多湿の気候に、私もバイオリンも翻弄される。
200〜300年前に製作された古い楽器は湿度を嫌う。
涼しくて、カラッとしたヨーロッパで生まれ、育っているからだ。
日本で弾いている楽器をヨーロッパへ持ってゆくと、たいてい鳴りが良くなる。 逆にヨーロッパから来日する演奏家は、少なからず苦労しているようだ。
ストラディヴァリウス・デュランティーの場合は、相対湿度が50%を超えると機嫌が悪くなり、60%を超えるとガラガラ声。 そして、70%を超えると剥がれて修理が必要になる。
このため、私の自宅には専用の部屋を設け、除湿機をガンガンにかけて40%台をなんとか維持している。
持ち歩く時は、特別に作った頑丈なケースに入れる。 ケースの中には楽器専用の乾燥剤をいくつか入れて、しっかり閉じる。
高温も良くないので、外を歩く時は走るか 早歩き‥‥。
そして、着いた先のコンサートホールは、必ずしも温湿度管理が完全な場所ばかりとは言えないのが現実。
そこで、自前の湿度計を2種類持ち込み、ステージや楽屋の湿度を測定して歩く。
嫌味に感じられるかもしれないが、湿度が危険な状態だと楽器をケースから出せない。
スタッフに協力していただきながら、なんとか本番までに湿度を少しでも下げる努力をするしかない。
湿度が下がっても、本番演奏中に噴き出した汗と、観衆の熱気のこもった呼吸でまたもや湿度が上昇して、結局は修理に出さねばならないことが多々ある。
修理は、病み上がりと同じで、本調子に戻るまでにはどうしても時間がかかる。
楽器のコンディションを確かめながら弾き込んで 徐々に調子を上げて、また湿度の心配を繰り返す‥‥。
そんな繊細なバイオリン。 
あれこれ気にかけながら世話をするのが、何のかのと言っても私は好きなのだ。
手のかかる子供ほど、かわいいものだ。


これを読んだ時、R-2000住宅の初期の頃を想い出していた。
最初に大きなテーマを与えてくれたのは、テレビなどの司会でお馴染みだった今は亡き玉置宏さん。 いや、正確には敦子夫人であった。
敦子夫人が最初に立川のR-2000住宅のモデルハウスを訪れた日は、暑い日だった。 各社のモデルハウスでは強冷房をガンガンかけていて、「刺すように痛い」 と敦子さんは感じた。 ところがR-2000住宅の冷房は大変ソフトで、いつも肩と肘に感じるサシが全くなかった。 その上、場内のスピーカーでBGMが大きく流されているのに、モデルハウスの中はいたって静寂。
「これだ ! 」敦子夫人は閃いた。 
主人の宏さんはストレスからくる胃潰瘍で、胃を4/5も切除していた。 そのストレスは職場からくるものではなく、家庭へ訪れる多くの人が近所へ迷惑をかけているのではないかとか、風邪を引いて番組に穴をあけるのではないかという気使いからくるものだった。
「風邪を引かず、近所へ気使いしなくてもよい家」 というのが新居作りのテーマ。

風邪を引くのは、家の中に温度差があるから。 書斎で仕事をしていてついウトウトする。
その時、すぐに毛布を用意すればよいのだが、奥さんがいつも主人の側にいるわけではない。
しかし、温度差がなく、ウトウトしても寒気がしない家だと、毛布がなくても心配は不要。
それに、断熱・気密性能のよい家は、外の雑音が入ってこないように、わが家の客の大声が漏れたりする心配がない。 その事実を確認して、関東地域におけるR-2000住宅の第一号に玉置邸は名乗りを上げてくれた。
そして、入居5年目だったと思うが、テレビでのインタービューで玉置氏は自信をもって次のように話していた。
「わが家で一番自慢できることは、この5年間に私が一度も風邪に罹らなかったこと。 何しろ私の仕事は声が商売。 風邪に罹らなかったので、見苦しいところを皆さんに見せることがなかった。 R-2000住宅というのは、風邪の心配というストレスが飛んで行ってくれる住宅だということです」 と。
つまり玉置邸の快適さは、R-2000住宅の気密・断熱性能とセントラル空調換気システムがもたらしたもの。 ただ、第一号であったがために除加湿機能は不備であったが‥‥。(私のホームページの《写真で見る略歴》の、《1989年、東京でR-2000住宅第一号が誕生》の玉置宏邸の外観を参照されたし)

その次に登場してくれたのが、当時の西武ライオンズで名投手と言われた工藤選手。 
「プロの野球人というのは、如何に安眠できるかが第一。 それと変なクーラーにやられて肩をはじめとした体調を崩すこと。 たしかにこのR-2000住宅だと、ソフトで風邪を引く心配がない。 それに外部の音が入ってこなくて安眠できる‥‥」 と、立川の展示場で私と話をした時には大変な乗り気。
しかし、担当した設計士はサインを貰うことが第一義となり、野球をはじめとして多くのプロのアスリートの膨大な顧客層を惹きつけることが出来なかった。
もし、工藤選手が率先してR-2000住宅を選んでいたら、選手寿命があと数年間は伸びたかもしれない。 工藤投手にしても、R-2000住宅にしても、実に惜しいチャンスを逃がしたものだと今でも悔しくてならない。

同じ絶好の好機が、バイオリニストの千住真理子さんから投げかけられているのだと思う。
私が現役であれば、とっくに千住邸を訪れ、真理子さんをS邸に連れてゆき、一年を通じて相対湿度を40%台に楽々と維持している事実を見てもらう。 売り込む必要性はない。 本心から必要としている人には、事実を与えるだけでよい。
そして、各地のコンサートホールに働きかけ、デシカ機能の必要性を強力に説明したはず。
何も、博物館や図書館、美術館や高齢者施設だけが対象者ではない。
つまり、事業チャンスというのは、ある日突然にやってくる。 
とくにこれからは、高齢者向けの住宅にとっては必要不可欠な機能。 人間は、誰でも年をとるのです。 風邪を引かない住宅こそ、高齢者医療を節減する第一歩。
したがって、国家的な事業でもある。
そして、こちら側がそれに対する受け入れ態勢と覚悟が出来ているか、いないかの差。 つまり、事業化するチャンスを掴めるがどうか‥‥。

日本の住宅業界には、本当の意味での企業家がいなくなった。
みんな年寄り臭くなって、好奇心を失っている。
矢張り、生きのよい若者の出現に期待するしかないのかもしれないが、それだと寂し過ぎるように感じるのだが‥‥。

posted by uno2013 at 06:48| Comment(0) | 産業・経営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。