2013年06月05日

地方を活性化さすのは企業誘致と公共事業ではない。消費者目線の行政こそ!


太田貴美著、岡田知弘対談 「お母さん町長奮闘記」 (自治体研究社 1600円+税)

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全国の首長や議員、あるいは多くの国民は、「地方を活性化させるのは〈公共事業〉と〈企業誘致〉しかない」 と、未だに考えてはいまいか……。
安倍政権になって、自民党の地方の議員からは、「これでやっと公共事業が復活する。地元の土木業者は干上がっていた!!」 と本音を漏らしていた。
こんな自民党を大きくしても、日本の地域は決して活性化されない。
ハコモノ造りが、地域を疲弊化させてきたという事実。

安倍政権と日銀の 「デフレ脱却」 という強い意志によって、円が大幅に安くなり、日本から海外への企業脱出運動に、ひとまずブレーキがかかった。
自動車産業をはじめとして、いくつかの産業では、「国内需要は日本で生産したい」 と本気で考えるようになってきている。 日本人が消費するものを、中国やタイやミャンマーで生産し、日本へ逆輸出して日本人の働き口を減らすことを、少しでも減らして行きたいと考えるようになってきた。
そして、新しい企業誘致どころか、今までの政策では、ナショナル、ソニー、シャープなど、多くの工場の閉鎖が続き、多くの人々が仕事を失ってきている。

この物語は、28歳の専業主婦が、京都の日本海側の小さな野田川町に住んでいる時、「町議会選挙説明会」 に夫婦で出席したことから始まっている。
てっきり、町政懇談会のようなものだと軽く考えて出席した。町の実態を教えてもらえる会議だと勘違いして……。そしたら、町議会選挙立候補者相手の説明会。出席者は議員になろうという意欲満々の人ばかり。
場違いなところに出席したことが分かり、山ほどの資料をもらって途中で退散。
そして、京都市内で亡くなった祖母の葬式などでバタバタしていて、町議選のことなどはすっかり忘れていた。
ところが、葬式が終えて夜の10時ごろ自宅へ帰ってきたら、近所の親戚が集ってきた。
夫婦で説明会に出席したのだから、「どちらかが立候補するのだろう」 と、町の噂になっているという。しかも、明日が告示の日だという。
そして、「町内から若い人を出したいという考えも多い。やる気があるなら私が責任者になるからやってみないか」 という。

親戚が帰ったが、最初からその気はない。
しかし、夫が、「町議というのは男ばかり。俺が出ないが、女性の君が出るのは大変に面白い。落選しても失うものが何一つない。落選するのも経験だ」 と言われて、その気になった。
しかし、選挙戦はたったの1週間しかない。
ポスターの準備も選挙道具も何も用意していない。リヤカーにハンドマイクを付けて近所の人々と町内会を回った。
言ってみれば「選挙ゴッコ」。ところが、最下位から2番目で何とか当選。野田川町で初めての女性議員が、ヒョウタンからコマで誕生。

しかし、次の選挙は長女が9才、長男が7才で学校に通うようになっていた。いろいろ母親の愛情とサポートが必要な時期。
いろいろ悩んだが、「議員の変わりはいくらでもいる。しかし母親の変わりになる者は誰もいない」と気が付き、4年間は議員を休んでいる。ここらあたりが、議員を職業化していない女性の感性として好感が持てる。
なお、この著には本人の生い立ちとか、スチュワーデスとしての職歴などが掲載されているが、それはどこまでも穴埋め。むしろ無い方が良かったかもしれない。

そして、4年間の休暇を終えて再び議員に戻り、やがて町議長にも選ばれ、4期で16年も勤めた。そろそろここらが潮時。来期こそは議員を辞職しようと考えていた。
つまり、町議としてやるべきことは全部やった。これ以上やることが残っていない。いつまでも議員のイスにしがみついていてはみっともない。
しかし、事態は思わぬ方へ発展……。
当時、野田川町の町長はやり手だった。次から次へとハコモノを建てていた。ユースセンターとかワークパルとか公園とか…。このため財政は破たん寸前。一般会計の2割近くが返済借金に充てるまでに増えていた。
このため、誰かがストップをかけねばと思ってはいたが、相手は現職。町内の有力な公的30団体から推薦を もらいすでに票を固めていた。保守のバリバリで、「第3期目は無投票でゆこう」 と考えていたほど。
したがって対立候補として立候補しても負けることが分かっているので、全員が尻込み。 猫の首に鈴を付ける者は誰もいなかった。

筆者は、現職の市長に失望を感じたことがあった。
口では「福祉が大切」と言っているけど、ある時障害児が町長に近寄って行った時の町長の態度には、許せないものがあった。
そんな時、議員のOBの皆が集まって、「ハコモノ行政を指導したのは町長。しかし、議長にも責任がなしとは言えない。貴方が対立候補として名乗りをあげるべきだ」 と保守から革新の議員までに言い寄られた。中には自民党の人も、公明党も、共産党の人までもがいた。
どうせ、議員をやめようと考えていたところ。「町長選に負けたとしても失うものは何もない。万に一つの確率しかないが、現職町長の暴走に歯止めがかけることが出来れば、それで十分ではないか」 と考えて立候補を引きうけた。

この町長選は激しいものだった。選挙カーがすれ違う度に、相手の選挙カーから。「女に何が出来る」「バカ野郎」となじられ通し。
こうしたことを目撃していた女性の変化は、それこそドラマと言えるものだった。
選挙の初日は、現職町長に遠慮して街頭演説しても誰にも聞いてもらえなかった。それが2日目にはカーテン越しに聞いてもらえた。そして3日目になると、顔を見せて握手してもらえるようになった。
相手の選挙カーから、「女に何が出来る」という罵声が、女性を奮い立たせた。
野田川町の男は、ガチャマンの時代にゴルフなどで遊んだ。そんな時も、女性は機をひたすら動かし続けた。
「誰が野田川町の機を動かしているんや !  女性やで !」。
そして選挙の最終日には、日が暮れてからも多くの女性支援者がビラを手に、長い列をつくって声をあげてくれた。
それまで、黙って旦那に「ハイ」と従っていた女性が自分の意思で立ち、行動を起こすという革命をなしとげた。その結果、前町長3,527票。新人3,645票。わずか118票差で初の女性町長が誕生。

女性町長が誕生した1994年の町財政には54億円の借金があった。人口1万1000人の住人一人当たり49万円の借金。公債費比率が15%を越えると危険といわれているのに、19.8%にも及んでいた。
新町長は行政をタテ割から住民主体のヨコ割りに変え、主婦感覚でひたすらに我慢に我慢を重ねて借金の返済に勤めた。
町長用の黒塗りの車を使わず、もっぱら自家用車を使い、町税や国民健保の滞納額が1.5億円に達していたので、全員が手分けして一軒々々訪問して納付をお願いした。もちろん町長は議員経験者の家などを訪ね、お願いして回った。こうして公債費は4年後には12.7%にまで減らした。

同町は、岡田知弘京大教授を中小企業振興基本法づくりや産業振興会議のオブザーバーとして迎えている。
この著の最後は、その岡田教授と太田町長との対談となっている。そもそもこの著が出版されたのは、岡田教授の強い奨めがあったから…。その対談の一部を収録したい。

岡田  町長になられて「すごいなあ」と感じたのは、「福祉も産業だ」と、子供の医療費無償化や、全室個室の福祉施設づくりを進めたこと。それと若者支援策によって人口が増加したことです。

太田  これから高齢化社会、少子化社会がくる以上、早めにシステムをつくる必要があると考えました。岩屋地域の「福祉の里」では早番、遅番などの勤務があるので100人の地元の人が職員として働いています。 施設も、職員も、利用者も地元の商店で物を買い、人・物・カネが動くことで活性化してきています。 その後3つの町が合併して与謝野町になりましたが、介護保険も町内に施設があれば、町の外へお金が逃げてゆかない。
町は上限1500万円の補助金で福祉施設を次々に増やしているのは、そのためです。

岡田  太田町政ですごいなと思ったのは、町民の生活実態調査のやり方。町の職員全員が地域に入って住民の実態調査、消費行動、町政への意見や要望を調査している。 他の調査機関に委嘱したり、アンケート調査ではない。 その調査内容を見させていただきましたが、実にきっちとしている。 何よりも、全職員の手による調査だというのがすごい。職員の意識も変わったでしょうね。

太田  今まで2回全職員による調査を行っています。きっかけは不況対策のため。
地域の経済がへこんでいるということは意識では分かっても、実態を肌身で知らないと有効な対策が打てません。住民の厳しい実態を肌身で感じたからこそ、新しい対策が出てきます。これは、最高の研修の機会でもあると思っています。

岡田  与謝野町の中小企業振興基本条例は、京都府内で初めての条例です。しかも、与謝野町の場合は、住宅改修助成事業とか福祉事業を軸とした内部循環型の経済づくりを積み重ねた上での、最終形として条例化された点に 最大の特徴があります。

太田  町の産業として重要な位置を占めているのが農業。京豆腐から出る「おから」と漁協から出る「魚のあら」と、米ぬかなどで有機肥料をつくり、その肥料での農業を進めています。 この有機肥料でつくった米を「京の豆っこ米」としてブランド化しています。食味ランキングだ「特A」の評価をもらい、イトーヨーカドーでも好評を得ていますし、町内のレストランでも味わうことが出来ます。
2009年度から3ヶ年に亘り「住宅改修補助金制度」を立ち上げました。20万円まで助成する制度ですが、1695戸の皆さんに利用され、助成金は国を含めて2.6億円にすぎませんでしたが、対象事業は40億円近く、経済効果を上げると共に皆さんに喜ばれました。

岡田  それまでの街づくりは、自助、共助、公助の3本立てだったが、振興基本法に「商助」という新しい概念が加わった。つまり、農業とか福祉の分野の議論だけでは前へ進めない。農工商と福祉が自然に結びつき、お互いの立場が理解出来、町に何かをやってもらうのではなく、自分たちが立ち上がらなければならないという意識が芽生えてきたのは大きいですね。
全国的に、首長や議員さんの意識には、未だに「公共事業と企業誘致で地域が活性化する」と頭にこびりついている人が多い。そうではなくて、自助、商助という考えは新しい。
そして、これからのまちづくりの夢は、どの辺りにありますか。

太田  子供を育てる環境を整備したい。やはり教育が大事だと思います。
いままでは、「ちりめんはあかん。お前らは都会に行け」としか言われてこなかった。しかし、最近になって「人材育成が大事だ。力を貸してほしい」 という意見が大人から聞こえるようになってきた。若い人は大変だが、頑張る若い人を応援する投資システムをつくってゆけたらと考えています。
実は、地元の高校生との対話集会を継続して持っているのですが、この前「通学路にゴミが一杯落ちている。なんとかしてほしい」という意見が出された。
「何とかしてほしいと言うのではなく、それを撮影してケーブルテレビで放映して町民に見てもらい《ポイ捨て撲滅運動》をやってほしい」と言ったら、きちんとしたものを作ってくれた。 そんな子供たちを育ててゆきたいですね。


posted by uno2013 at 12:00| Comment(1) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
借金返済するのと、
経済を活性化するのは別の話。

国家は通貨発行権をもっているため、
国債を日銀に引き受けさせることができるので破綻しないが、
通貨発行権のない地方政府は破綻する。

以上より、
国家は債務を増加させることができるが、
地方政府は債務を増加させることができない。

財政支出総額の拡大にともなって、
名目経済成長してきたという事実があります。

経済活動の参加者は大きく3つ。
・中央政府(国家)
・民間企業 (地方政府はここに近いと思います)
・家計

インフレのときは民間企業の債務の増加(設備投資等の支出の増加)によって成長し、またこのときに中央政府のバランスシートが健全化していきます。

デフレのときはお金の価値が増えるので一般的に借金の負担が重くなります。
デフレのときに企業や家計が債務を増加させようとしないのは合理的な判断です。
デフレのときは誰が支出の増加(債務の増加)をできるのか?
デフレのときにたくさんの支出をすることができるのは、
通貨発行権のある中央政府だけです。

しかしながら、
財政支出総額の拡大にともなって、
名目経済成長してきたという事実に反して政府は、デフレにもかかわらず緊縮財政を行い、
あまつさえ財政破たんの可能性を孕む地方政府に、
均衡財政や緊縮財政といった名のもとに、政府が直轄事業をやるときに、
地方に直轄事業負担金という形で一部負担させ、
地方財政を厳しくさせた。

住宅改修制度は良いと思うし、
福祉を充実させるのは良い思うが、
公共事業や企業誘致で地方に降りる額、それらが作る雇用に比べれば
(今は直轄事業負担金という形で歪んでいるが、)
地方の生み出せる額、雇用はたかが知れている。

地方がやれること、やるべきことは、
税収の範囲内で公共サービスを行い、ほんの少しずつ改善していくことである。

お母さん町長は素晴らしいと思う、
しかし、大きい意味で公共事業は批判に値しないと思う。
無駄な箱ものというのは確かにあると思うので、それまで肯定せよとは思はないが。
しかしながら、そう呼ばれているものの中に、
例えば、体育館とか、運動公園とか、図書館とか、劇場とか、公営鉄道やバス、
何もない田舎につくって駄目だろうか?
金だけの話になってしまうと、田舎には文化的なものが何もなくなってしまう。

人がいてそこに(自然発生的に)町を作るのではなく、
(計画的に)町を作ってそこに人を定着させるという考えでないと、
地方は過疎化し、財政はより厳しくなり、都市は過密化。
もし都市で震災が生ずれば、より被害が大きくなり、
都市のかわりに地方経済が国家を支えるとううことができなくなります。

地方の過疎対策だなんて言ったって、平成の大合併で地方全体のパイの歳入は減るわ、地方税交付金は減らされるわ。
反対の都市では、高層建築階数の規制緩和など人が集まるようなことをやるので、
結果的に、人が集まるのでどんどんインフラが整備されるしで住みやすくなって、また集まるで、ぜんぜん過密対策をやらない。
過疎対策やるなら、反対に過密対策をやらないと意味ない。

何にもなくて、そこの土地への愛着だけで地方の人口流出を防げというのは無理がある。
ある程度のレベルまでは、経済規模に関わらず、インフラを整備すべきです。

ぎゅうぎゅうな土地に家を建てようと思うから、
防火対策とかの関係とかで変な家ばかり建つのであって、
計画的な街づくりから始めて、そのときに景観規制とか、非省エネ住宅の規制とか、
そういう方向の方が、マシな家が増えるし、日本全体としてよくなるんじゃないかなと思っています。

必要な公共事業は必要です。
Posted by ブログ愛読者【ホムペ欄に参考資料URL】 at 2013年06月10日 00:03
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