2013年02月28日

いつ来る電子書籍元年  モノからサービスへの転換に失敗した日本


山田 順著 「出版・新聞  絶望未来」 (東洋経済 1500円+税)

絶望表紙.JPG

いままでに、何度 「電子書籍元年」 ということが言われてきたことだろう…。
そのたびに、おっちょこちょいの私は電子書籍関係の本を買い、読まされてきた。
最近では2010年にアップルの 「ipad」 が発売された時、フィーバーが起こったが、結局は思ったほど日本では売れなかった。
そして、一昨年の11月に楽天がカナダのKobo社を約240億円で買収し、昨年7月に東京ビックサイトで恒例の「国際電子出版EXPO」 が開催され、楽天から7980円という低価格で「Kobo」 が発売された時は、今度こそ本当の電子書籍元年が来ると早トチリした。慌ててKoboを買うところだったが、何とか思いとどまった。

電子書籍の本家本元はアメリカ。
2007年から売り出され、最初は売れなかったが2009年から急に売れ出し、すでに1000万台に到達しているという。その60〜70%がアマゾンの Kindle だという。
もともとアメリカは広い国。 田舎の都市には鉄道網がなくて自動車社会。多くの消費財は昔からシアーズローバック社のカタログ販売が幅をきかせていた。 
人口5万程度の地方都市だと、第一に本屋がない。 ハードカバーを買おうとすると通販に頼るしかない。
もっともベストセラー本は スーパーのウォールマートで安く売られているが、それよりも電子書籍の方が安い。
それと、アメリカでは雑誌は毎月買うものではなく、年間契約の方が安くてお得。 通販と同じように年間契約で送られてくるのを待つのが普通。 この年間契約方式がそのまま電子書籍の購入に変わったとしてもおかしくはない。
このため、2011年には電子書籍がハードカバーを上回って約1700億円になったという。

これに対して日本は鉄道社会。 辺鄙な田舎は別にしてちょっとした街には駅近くに書店がある。キヨスクで新聞や雑誌が買える。都市部だといたるところに書店があり、ターミナル駅周辺には大型書店がある。
その気になれば、いつでも雑誌や本、新聞が買える。
このように紙情報が手軽に入手出来るもあって、日本では2010年には650億円だった電子書籍が、2011年には逆に3%強も減って630億円と、アメリカの1/3にすぎない。
しかも、そのほとんどが漫画だという。
このため、未だに日本は電子書籍元年を迎えていない。

2012年の3月にニューヨークで開催された出版ビジネスエキスポで、バウカー社の副社長が世界の主要10ヶ国の調査を行い、電子書籍化の動きを3つに分類して報告したのが印象的だったと著者は書いている。
その3つとは、(1) 電子出版市場が成熟に向かいつつあるアメリカ、イギリスなどの英語圏。 (2) は知識意欲が旺盛な新興国。 (3) はデジタル化に無関心な国々。
電子書籍の購入比率は、(1) のイギリスが21%でアメリカが20%。 次いで (2) の新興国ではインドが23%で韓国が14%。 (3) の無関心では日本の8%とフランスの5%。ともに一桁。
日本で電子化が遅れている理由として、著者は次の諸点を上げている。

新しいビジネスモデルを構築するというイノベーションには、多大な資本を注ぎ込み、変革を続ける企業家が必要。アメリカではこの役割をアマゾン1社が引き受けてきた。
これに対して日本は、電機メーカー、通信業者、印刷会社、出版社、新聞社、書店、流通会社などあらゆるプレーヤーがこのマーケットへ首を突っ込んだが、片手間仕事で混乱と混沌をもたらしただけ…。
そんな中で、角川書店と講談社が積極的な姿勢を示したこともあって、出版各社は紙と電子を同時出版出来る態勢を整えつつある。
電子書籍にはいくつかのフォーマットがあるが、日本語に対応できるものとしてEPUFが主流になるのは間違いない。
そして、文字だけのものだったら簡単に書籍化できるが、実用書となるとレイアウトや図版が複雑になり、手作業を余儀なくされる。また、検証作業にも時間がかかる。
このため、講談社を例にとると10名で作業に当たっているが、月平均100冊の電子書籍の制作が目一杯。
ということは、大手や中堅を併せても書籍の電子化は月に1000点に達しないだろう。
日本の新刊の書籍を月平均6000点としても、1/6の数値でしかない。
アマゾンは、2012年9月の時点で電子書籍は150万点を超え、150紙以上の新聞、60冊以上の雑誌がラインナップされている。
日本では10万点以上のタイトル数がある電子書店はない。いや、あるにはあるが、中には書籍と呼べないものが大量に含まれている。
これが、電子書籍が普及しない第1の根本原因。

第2は、Kindle のような電子書籍専用端末、また ipad のようなタブレットの端末が普及していないこと。 楽天の Kobo は結果を急ぎ過ぎ、電子書籍数が余りにも少なかったのに呆れられて直ぐに挫折した。

そして、第3の理由として、著作権処理が煩雑で手間がかかり過ぎることを上げている。
紙の時代の著作権は、そのまま電子の世界では通用しない。そのことを理解してもらうのにやたらと時間がかかり、著作権の使い勝手の悪さは世界一だという。
文芸作品は著者が一人だからそうでもないが、漫画になると物語作家と漫画家の2人を相手にしなければならない。 これが実用書になると著者のほかに取材者、ドラフトライター、カメラマン、イラストレーターなど多岐にわたっており、全員に許可を求め利益配分までを決めねばならぬ。
つまり、出版社と話し合うだけではダメ。それだけの手間と時間をかけるだけのメリットの有無を考えて、電子化が見送られることも多い。
逆に、出版社が「出版権」しか持っておらず、アメリカのように出版社が紙と電子の包括的な契約を著者と結んでいない。このため、アマゾンは「著作権の壁」にぶち当たり、日本への進出がもたつく原因になっている。

第4の理由は、出版社側に「著作権隣接権」がないこと。 この隣接権のことは専門的になり過ぎるので説明を省く。

第5は、紙と電子では流通・販売制度が違うので、価格決定権が異なってくる。このため、出版社が消極的にならざるを得ない側面がある。

第6は、フォーマットが乱立し、電子書店毎に違うので生産性があがらない。

第7は、流通を阻害している厳しいDRM規制があること。 このDRMというのは、例えばアップルの ipad で iBookstore から電子書籍を買えば、DRMが掛っているので他の人の ipad では読めない。ただし、自分の ipone や Mac PC では読めるという規制。当然の規制ではあるが、自分がアンドロイド携帯に乗り換えた時には読めなくなる。
こうした条件から、日本では今後とも電子書籍の普及にブレーキがかかり、アマゾンの怒涛の脅威からは現時点では避けられている。

出版点数.JPG

しかし、出版業界は図6で見るように、出版物の数は1990年の約4万部から2009年の約8万部へ倍増している。
出版点数が倍増しているから、売上も伸びていると考えがちだが、図7のように推定販売金額は毎年落ちてきている。

 出版販売高.JPG

1998年には2兆5000億円余あったものが2009年には2兆円を割り込んでいる。毎年平均556億円も減り続けている。このまま同じペースで減り続けると仮定すると、あと34年後には出版の売上がゼロになるという勘定。
市場の縮小に伴いこの10年余で約700社の出版社が倒産ないしは廃業している。
これは、出版社に限った話ではない。 書店数も2004年の約18000店から2010年の約14000店へ22%も減っている。もっとも書店の延べ坪数は大型化で若干増えてはいるが…。
そして、雑誌等はコンビニ頼りだが、そのコンビニの出版物の売上が2001年の約5000億円から2011年の約3000億円へと大きく落ち込んでいる。

コミック売上.JPG

そして、日本の出版物の3冊に1冊は漫画だった。 クール・ジャパンを代表するものとして、日本の漫画とアニメは世界を席巻した。
一方、韓国は官民一体となってドラマ、映画、音楽と言うソフトパワーで外貨を稼いだ。 ところが、日本は国家的な視点もなく、人的な投資を怠って、漫画はピーク時の約6000億円から1/3を失って4000億円を切っている。
言葉だけが踊っているが、クール・ジャパンは終焉を迎えようとしている。

新聞発行部数.JPG

売上を落としているのは出版だけではない。
日本は世界に例を見ない断トツの新聞王国で、1000人当たりの新聞発行部数は世界の中で桁違いに多い。 長年に亘って発行部数は5000万部をキープしていた。 それが2010年にはついに5000万部を割り込んだ。 これから毎年3大ブロック紙の1つである北海道新聞に匹敵する100万部が消滅してゆくという計算になる。

新聞売上高.JPG

これを総売上高で見ると、もっと悲惨なものとなる。
2005年には約2兆4000億円あったものが、2010年には2兆円を切って約1兆9300億円に激減している。 これは毎年平均970億円もの減少で、仮にこのペースで進めば20年後には新聞の売上はゼロということになる。
人口減と若者の新聞離れは、想像以上に凄まじい。
アメリカにおける新聞の衰退は、この著では詳しい。 この5年間で新聞の広告収入が半減したため、ページ数を減らし、記者の数も減って賃金も下がった。 20年前は全米で6万人いた記者が4万人になったという。
このため、カリフォルニアの小都市ベルでは、市役所へ記者が一人も行かなくなって、市の行政官が警察署長を巻き込んで10数年かけて自分の所得を6400万円までに膨らませるという事件が起きたという。 また、記者がいなくなると、新人議員候補者が減り、投票率が減り、現職議員が有利になるという。
しかし、ローカル紙の衰退は止まらず、新聞のデジタルメディア化は避けられない。

さて、ここまでは一般的なデジタル論。 この著書にハッとさせられたのは、この先があること。
日本は、1980年代の半導体に続いて、カラ―テレビを中心とする家電・エレクトロニクス産業でも大崩壊をし、リストラされた人員は6万人にも及んだ。 その理由は「サムスンに負けた」とか「成功体験から脱皮出来なかった」とかいろいろ言われている。
しかし、市場は先進国から新興国へ移り、安くていいモノを求めるプレーヤーとルールへ世界は急激に変化していた。「いいモノを作れば売れる」という日本のルールは通用しなくなっていた。
日本の家電の失敗と崩壊は、性能や機能などのスペックにあるのではなく、その機能を活かしたサービスを消費者に提供出来なかったことにある。
そのサービスを提供しているのがアップルであり、アマゾンだと筆者は言う。
日本の家電メーカーが提供したのは単なるテレビというモノ。
これに対してアマゾンがKindleでやり、アップルがiPhone でやったことは、単なるデバイス売りではなく、その上にサービスを載っけて垂直統合モデルを進めたこと。
一つの端末で、いろんなことが楽しめるサービスを日本は提供出来なかった。これが6万人にも及ぶ日本の家電・エレクトロニクスメーカーのリストラになった。

ITの急速な進歩は、デジタル技術が人間の労働を奪ってゆくと筆者は書いている。 
日本の紙メディアは、「緩慢な死」に向かっていると筆者は言う。
その結果、ジャーナリズムやコンテンツの質が落ちることを筆者は危惧している。 
これという結論めいたものは出せないでいるが、問題点の深さを考えさせてくれる好著であることは間違いない。








posted by uno2013 at 04:35| Comment(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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