吉岡秀子著 「プロ経営者 新浪剛史」 (朝日新聞出版 1400円+税)
著者の吉岡女史には 「コンビニ・ジャーナリスト」 という肩書が付いているらしい。
私も女史が書いた 「セブンイレブンおでん部会」 (朝日新書) や、女史が構成を手伝ったと言われている 鈴木敏文著 「変わる力 セブンイレブン的思考法」 (朝日新書) を読んでいる。 なかなか達者な筆致で読ませる。
その筆者が、今から5年前の2010年2月に、「砂漠に梨をつくるローソン改革 2940日」 という本を出版していたとは知らなかった。
2001年に累積赤字でアップアップしていたローソンを、2000億円余を出資してダイエーから入手した三菱商事。 ローソンの再建は、三菱商事の最重要テーマの一つとなった。 そして2002年に、三菱商事から社長としてローソンへ派遣されたのが43歳の若輩・新浪剛史氏。
なぜ、コンビニ業界のド素人だった新浪が選ばれたのか?
新浪は36歳の時、社内起業として 「病院給食事業」 を立ち上げることを提案して、採用されている。 そして、年収10億円程度の給食会社を買収し、当初は副社長の肩書で新事業に飛び込んで大活躍‥‥。
コックなどの働く人に高いモチベーションを持ってもらうために、本場フランス視察に連れていったり、おしゃれなユニフォームなどを作ったり‥‥。
そして、自身は基本メニューの徹底した研究開発に取り組んだ。
その結果、「レストランではなく、毎日通ってもらう食堂の場合は、《コメ》や《みそ汁》といった基本メニューをおいしくすることが絶対条件だ」 ということが分かった。
つまり、沢山のメニューを用意するのではなく、基本におカネをかける。 そのことに対して商事の了解が得られ、良いコメとダシの入手に全力を上げることが出来た。 そして、「今日もおいしく炊いてね‥‥」と炊飯係にお願いして回った。
その結果、常連客から、すぐに 「ご飯がおいしい」 という反応が出て客が増え、店は活気づき、従業員が張りきった。 このため、5年後には年商は10倍の100億円になった。
その新浪氏の仕事ぶりを、上司は正しく見てくれていた。
こうして、「3年以内に黒字化を果たせ」 という三菱商事の社長の激を受けて、ローソンにおける新浪体制はスタート。 当初は、「2〜3年以内に新浪は商事に帰ることになるさ‥‥」と多くの社員が傍観を決め込んでいた。 しかし、ローソンが次第に息を吹き返すにしたがって、第三者的な批判は薄れていった。
その新社長に、毎月1度のペースで取材していた筆者が、新社長就任8年目に出版したのが前記の 「砂漠に梨をつくる‥‥」 という著書。
この著を今回は全面的に改訂したと言っているが、読んでいて新浪氏の事業に対する計画性がさっぱり伝わってこない。 部分的なポリシーとか対応力は分かるが、事業に対する計画性が理解できないまま‥‥。
それよりも理解しにくいのは、経営者としての新浪氏の手腕。
なにしろ、コンビニ業界には 「神様」 と仰がれるセブンイレブンの鈴木敏文氏が鎮座している世界。 ド素人の新浪氏には、「何でもいいから、業界の常識に挑戦するために走り出せ!」 と叫ぶしかなかったよう‥‥。
たしかに、新浪はあらゆる常識に挑戦し、それなりの成果を上げている。
しかし、過去の実績に囚われず、常識を否定して常に新しい路線を敷いてくるセブンイレブンに対して、どれだけ経営として有効性があったであろうか‥‥。
2002年売上高 (%) 2007年売上高 (%) 2013年売上高 (%)
・セブンイレブン 2.21兆円 (31.7) 2.57兆円 (34.4) 3.78兆円 (38.3)
・ローソン 1.29 (18.5) 1.42 (18.9) 1.95 (19.7)
・ファミリーマート 0.95 (13.4) 1.12 (15.0) 1.72 (17.4)
・そ の 他 2.54 (36.4) 2.38 (31.7) 2.42 (24.6)
上記の数字は、新浪氏がローソンの社長に就任した2002年と、それから5年間たった2007年。 さらには2013年の、3大コンビニ店の売上高と、全コンビニ界の売上高に占める比率 (%) を示したもの。
たしかにローソンは、02年の1.29兆円から07年の1.42兆円、13年の1.95兆円と、11年間に51.2%も売上を伸ばしている。 そして、マーケットシェアも02年の18.5%から13年の19.7%へ、1.2%もシェアを伸ばしている。
この数値だけを見ると、さすがは新浪氏はたいした経営者だと考えたくなる。
しかし、同じ時期にセブンイレブンは11年間で売上が2.21兆円から3.78兆円へと71%も伸ばして、ローソンの51.2%をはるかに凌駕している。 そして、マーケットシェアも11年間で6.6%も伸びている。 ローソンの1.2%の伸びなどは、眼中にない。
それだけではない。 ファミリーマートがなんと81.1%も売上を伸ばし、ローソンの2位の座を完全に狙える位置にまでシェアをアップさせてきている。 マーケットシェアも、11年間で4.0%も伸ばしている。
つまり、サークルKサンクス以下の中小コンビニのシェアが、この11年間に36.4%から24.6%へと11.8%も縮小している。
コンビニ業界は、3大企業による寡占化の時代を迎えようとしている前夜。
その中で、ローソンの伸びが最も低く、やっとこさ2位の座をギリギリの差で守っているにすぎないありさま。
この著書は、こうした鳥瞰視した視点が余りにも足りない。
さらに付け加えるなら、2014年の時点で、セブンイレブンは国内に1万7009店の店を持っているほかに、アメリカに8139店、タイに7965店、韓国7128店、台湾5025店、中国2017店、メキシコ1730店、マレーシア1677店、フィリピン1169店という4桁台の店を出している。 そして進出している国は15ヶ国で、3万7201店。
国内と合わせるとなんと5万4210店という巨大マーケットを形成している。
そのことを知らなかった私は、5年前にスウェーデンでセブンイレブンの看板を見て、腰を抜かしそうになった。 ドイツやフランスなどにはまだ出店していないが、人工過疎のスウェーデン、デンマーク、ノルウェーの3ヶ国だけで540店も出店している。
いいですか、同時期にローソンの国内の店舗数は1万1606店で、中国387店、インドネシア61店、タイ29店、ハワイ4店、海外計が483店。 セブンイレブンの北欧3ヶ国の店舗数よりも劣る出店数。 それで、グローバル化とかなんとか叫んでいるのだから、片腹が痛くなってくる。
私は、ローソンの悪口を言うためにこのブログを書いているのではない。
ローソンにも、大いに頑張って頂きたいと願う。
そして、新浪氏から社長のバトンを受継いだのは、あのユニクロの柳井社長から一時社長を任されたことがある玉塚氏。 本物の経営者と言えない新浪氏は、「東北大震災の時、玉塚氏を中心とするチームが、よく頑張ってくれた。 このチームならば、安心して企業が任せられると確信した」 と語っているが、それが本音かどうか‥‥。
というのは、今日1月29日の日経の朝刊に、「100円ローソン260店閉鎖」 「小型スーパー・ローソンマート39店も15年中に閉鎖へ」 という記事が出ている。
新浪氏がショップ99に出資して 2008年にローソンストアという名の子会社として、全国に1117店を展開しているが、そのうちの100店の直営店を閉鎖して、ドラック併設コンビニなどへの模様替えをするらしい。
業界の常識に挑戦した新浪式イノベーションは、新しい社長の手によって部分的に修正を加えられてゆくことは必死。
そんな新しい動きが読めるので、5年前に書かれた新浪賛歌のこの著書には、どうしても疑問符が付いて回る。 ローソンを再生させたという一方的なヨイショで、サントリーにふさわしいプロの経営者だと奉っている内容には賛同できない。 ローソン程度の活躍で、氏を優れた経営者として評価することは、絶対にしてはならない‥‥。
たしかに、ポリシーなどには賛同する面は多いが、プロの経営者にふさわしいと言えるのは、やはりサントリーの指導者として、輝かしい業績を上げた後になろう。
経営者としての本当の評価は、10年後にならないと出来かねるだろう。