名越健郎著 「北方領土の謎」 (海竜社 1600円+税)
私は、「北方4島」について今まであまりにも無知すぎた。
私だけでなく、「日本の国民全体が、あまりにも無知すぎないだろうか?」 というのが、この本を読んでの率直な感想。
ともかく 国後島、択捉島、色丹島、歯舞諸島の現状がどうなっているかを知っている人はほとんどいない。 ともかく 安倍総理がプーチン大統領と会談して、「なんとかしてくれる」 だろうと心待している人がほとんど‥‥。
恥ずかしながら、私はこの本を読むまでは、北方4島のことなどは真剣に考えたことがなかった。
「そのうち、何とかなるだろう‥‥」 程度の、甘い考えしかなかった。 ところが この本を読んだ後に生まれてきた確信は、「このままでは、永遠に北方4島が日本に返還されることはないだろう‥‥」 ということだった。
沖縄が アメリカより返還されたのは、昭和47年5月15日。 あの沖縄でさえ、アメリカが占領していたのはたったの1年と7ヶ月。 それに比べると、「北方4島は、本来は日本固有の島。 どんなにプーチン氏が力説しても、ドサクサにまぎれて ロシアが日本から取上げたという事実には疑問を挟む余地はなく、世界中がその事実を知っている。 本来は沖縄より早く日本へ返還されてしかるべきもの。 それが 日本の政治家が下手に口を挟むから、あれから70年以上も経っているのにいまだに返還されていない。 「これは、失政以外の何物でもない」 というのが 大部分の日本人の意見‥‥。
というが私の考えで、その程度の知識しかなかった。 そんな目でしか、今までは北方4島のことは考えてこなかった。
ところがこの本では、いきなり北方4島の広さが出てくる。
そして、それぞれの島に住む、かつての日本人の数と、現在のロシア人の数が出てくる。
まず、島の広さ。
4島の中で圧倒的に多いのは択捉島で、3168uと63.31%を占めており、国後島1490uと、両島で4658uで、何と 93.09%も占めている。 残りが色丹島の251uと5.01%と、わずかに95uと1.9%しかない歯舞諸島。 両島併せても6.91%しかない。
しかし、漁業で食っていた日本人が圧倒的に多かったのは 国後島の7364人と、歯舞諸島の5281人で、この両島で全体の73.13%も占めている。 残りが択捉島の3608人と、色丹島の1038人。
これに対して、ロシアの人口は民間人だけで、軍人の数は入っていない。 このため、正確に比較することは出来ない。
ともかく、今から約61年前の 1956年の共同宣言では、「善意の証として平和条約締結後に歯舞、色丹の2島を日本へ返還する」 と、フルシチョフは明言した。
いわゆる 「2島返還」 である。
したがって、「2島返還」 は立派な根拠がある。 そして、色丹島の水産工場は閉鎖され、軍人だけが残った。 もっとも顕著だったのは、歯舞諸島の志発島にあったカニ加工場は閉鎖され、1000人弱の労働者は離島し、現在でも 「国境警備隊」 とその家族以外の民間人は、歯舞諸島にはいない。
そして、終戦時の4島における日本人の人口は、1万7291人に対して、ロシアの民間人は国後と択捉島に多く、なんと1万6834人にも達する。 この数字以外に国境警備隊とその家族が含まれていないので、実質人口はロシアの方が多いかも知れない。
私は、圧倒的に日本時代が人口が多いと考えていた。 あの限りなく広いロシア。 その中で、4島だけに住むロシア人が、日本時代より多いと知って、私は動顛した。 これは、とんでもなく大きな問題を北方4島は抱えている。
この2万人に近い人々の暮らしの問題を解決しないかぎり、北方4島問題は解決しない。 その覚悟が私共にあるのだろうか?
それと、もう一つ大きな疑問が生じてきた。
それは、日米安保条約の存在。
フルシチョフが日本に2島を譲渡する提案をしたのは、「歯舞諸島と色丹島は、ごく一部の漁民と軍人しか利用価値のない空島」 だったから。 しかし、1960年1月に日米安保条約が改定されると今度は 「防衛的価値」 が生じてきた。 このため、「2島返還も 日本の領土から、外国軍の撤退条件」 とのロシアの意向で加わった。
そして、色丹島の2ヶ所に水産加工工場を稼働させ、急遽ウクライナなどから1500人の労働者を移住させた。 これは、ロシアならではの荒技。
しかし、1990年代のロシアは経済的に非常に危弱。
94年の北海道東北沖地震で 建物の10%が倒壊し瓦礫が溢れ、95年のロシア政府の崩壊で、壊滅的な被害を受けた。 93年に色丹島の住民投票では、「島を日本へ返還することに賛成する島民数が83%にもおよび、択捉島でも島民の過半数は日本の支配下に置かれた方がよい」 との意見が圧倒的だった。 しかし、この絶好の好機を日本は見逃した。
そして、2000年にはプーチン政権が出現した。
ご案内のとおりプーチン氏は石油価格の高騰に支えられて、今までの北方領土問題とは まったく異なる動きを展開した。 ともかく、石油と言う資産を基本にした高度経済政策は、ロシアを一変させた。
とくに2007年から始まった「千島社会経済発展計画」では、9年間で280億ルーブルを北方4島のインフラの開発につぎ込んだ。 このため港湾の整備をはじめ、老朽化した桟橋が架け替えられ、空港、道路、学校、幼稚園、病院、発電所、住宅が建設され、1990年代に見られた 「日本の支配下に置かれた方がベターだ」 という島民の意識は、完全に無くなった。
国後島には『国境で』と言う地元紙と、択捉島には『赤い灯台』という地元紙がある。 いずれも旧ソ連時代の遺産で、『国境で』はタブロイド4ページ刊で、かっては 週3回刊で3000部を超えたこともあったが、記者を6人から3人リストラして現在は706部で週2回刊。 一方の『赤い灯台』はタブロイド8ページ刊で、2015年末の時点での発行部数は553部と言う。 いずれも、この発行部数で良く生活してゆけると感心する。 ただこの著者の感心するところは、両紙の定期購読を続け、地元ならではの細かいニュースを丹念に拾っていること。
しかし、一時は無敵だと考えられたプーチン氏の存在が、石油価格の低迷で 陰りが見えはじめてきている。 このため、物価高や進まぬ交通や輸送インフラ、他所者の増大に伴う犯罪の増加や悪化する気候と災害。 加えて老朽化する住宅を始めとして 島民の不満が増大してきている。
つまり、2000年台当初に見られたプーチン効果は、予想以上に早く幕を引きそう。
しかし、プーチン氏は 「北方4島は、もともとロシア固有のものだ」 と言っている。
これは、防衛面から出てきた言葉で、プーチン氏自身も自分の言葉に戸惑っているやに見える。
しかし、北方4島に賭けるプーチン氏をはじめとしたロシアの高官の意見は、いずれも強硬なものばかり。
この中に一人で、素手で入って行った安倍総理。
2万を越すロシアの労働者と国境警備隊のことを考えると、北方領土問題は永遠に解決しないような気がする。
少なくとも、私共一人々々がもっと北方諸島とロシアのことを勉強しない限り、安倍総理にゲタを預けただけでは解決しない。 大変、厄介な問題だと知らされた。